第35話 平穏なひととき

 まず向かうのは、大通りに面している高級なレストランだった。

 お金持ちな客しかいないようなところだが、アンナと共に個室へ入った段階でメリアは気づく。

 ここは、他の誰かに会話を盗み聞きされるのを防ぐ場所であるということに。

 だが、今は気づいていないふりをする。


 「こんな秘密のお店があるなんて」

 「うふふ、普段は行かないんだけどね。せっかく昔の友人と久々に会えたんだし、こういう邪魔が入らないところがいいと思ったの」


 扉の付いた小さな部屋。

 中央にテーブルが置いてあり、囲むように数人分の椅子が用意されている。

 今は扉が閉まっているため、秘密の話をするにはうってつけというわけだ。

 メニューを見ていくアンナだが、途中で顔を上げると柔らかな笑みを浮かべる。


 「色々あったんでしょ? モンターニュ家はメリアのことを死んだと発表した。だけど事実は違う。あなたはこうして生きたまま共和国にいる」

 「色々……そうね、確かに色々あった」


 かつては帝国貴族たるモンターニュ家のお嬢様だったが、モンターニュ家自体は借金まみれの貧乏貴族であり、帝国における影響力は皆無。

 だからこそ、訳ありなメリアをお金のために引き取るという選択ができたのである。


 「私のことは、どこから話せばいいのやら」

 「話せるところからでいいわ」


 何も知らない時は、このまま貴族となって誰かと結婚するものだと思っていた。

 実は大昔の皇帝のクローンだったという生まれの秘密を知ってからは、しがない海賊となっている。

 とはいえ、そのことを目の前にいる昔の友人に話せるはずもない。

 宇宙船での事故のあとから今に至るまでを、メリアは嘘を交えて話していく。


 「事故が起きたあと、目を覚ましたのは海賊船の中。どうやら意識を失ってる間に、船の残骸と一緒に回収されてたみたい」

 「まあ! そのあとはどうなったの?」

 「お礼を求めてモンターニュ家へ私を返そうとしたけど、モンターニュ家は私のことを死んだと発表したでしょ? 貴族の政争に関わるのは嫌だということで、適当な宇宙港に追い出されそうになった。だけど、海賊の一員となることでそれを回避し、数年ほどそこで働いた」


 話している内容はほぼ嘘だが、海賊となっていることだけは本当。

 それは、帝国における政争に利用しようとしても意味がないことを匂わせる意味合いがあった。


 「それで、ある程度お金が貯まったから、新しい身分証とかを偽造してもらい、共和国で新しい一歩を踏み出した。……こんなところかしら」

 「大変だったのねえ。でも、こうやって元気にやっているのがわかって良かったわ」


 この辺りで話は切り上げられると、アンナは店員を呼んで次々に注文していく。

 せっかくの再会ということで、支払いはすべてアンナがしてくれるとのことだったが、その時メリアはわずかに首をかしげる。


 「ええと、良いの? ここって高いのに」

 「ふふふふ……実はまとまったお金が入ってきてね? お財布には余裕があるのよ!」


 力強く宣言する様子に嘘はない。見栄を張って無理をしているわけでもない。

 しかし、注文した品々の料金を合計すると相当な金額になる。それはちょっとした車両なら購入できてしまうほど。

 いくら財布に余裕があると本人が言っているとはいえ、さすがに疑問に思うメリアだったが、少し経ってから運ばれてくる高級な料理を堪能していくうちに、その美味しさから疑問は頭の片隅に追いやられていった。


 「なんというか……昔を思い出す。こうやって食べていると、貴族としての暮らしを」

 「メリアったら大袈裟ねえ。いや、でも、子どもの頃から大変な思いをしたなら仕方ないわね」


 貴族の暮らしからは長く離れていた。あの時から実質捨て去った。捨て去るしかなかった。

 なのに、マナーが求められる場では自然と丁寧に食べていくことができる。

 幼少の頃から受けた貴族としての教育が染み付いているわけだが、メリアはそんな自分に軽く苦笑してしまう。


 「……過去を捨てても残り続ける、か」

 「まったくもう、辛気臭い顔しないの。せっかくの綺麗な顔が台無しよ? メリアは笑ってる方が似合ってる」

 「なにそれ。まるで口説いてるみたい」

 「実はね、私を口説いてきた人が同じこと言ってきたの」


 アンナはそう言うと、左手を見えるように持ち上げる。その薬指には指輪が存在していた。


 「その人と結婚してるから、メリアを口説いているわけじゃないのよ? 夫があなたに嫉妬しちゃう」

 「はいはい。それで、どこの貴族がお相手?」

 「相手は貴族じゃないの。共和国の人よ。昔から代々続く軍人の家系で、少し遺伝子を調整してる人だから、そのせいでフローリン家は貴族の地位を剥奪されちゃったけど」

 「……軽い調子で言うことではないでしょうに」


 帝国貴族にとって、遺伝子調整を受けた人物との関わりは忌むべきことである。結婚ともなれば特に。

 帝国における貴族は、遺伝子調整されていない者が大前提。

 なのに、アンナは遺伝子調整した人物と結婚したという。


 「まあ、それだけの愛があるなら、私から何か言うことはないわ」

 「あらら、ずいぶんとあっさり」

 「私も貴族ではなくなってるから」

 「昔のメリアだったら、貴族としてこうあるべきというのを言ってきそうなのに」

 「それは昔の私でしょ? 今の私とは……違う」


 十年という月日、その間に積み重ねた経験、そしていくらかの出会い。

 それらが今のメリアを形作っており、もはや昔に戻ることはできない。


 「そうね。色々あったのだし、昔のあなたとは違うのよね」

 「ええ。まずは冷める前に目の前の料理を食べてしまいましょう。このあともあるのだから」

 「ふふ、賛成。せっかくの再会なのに、食事して終わりじゃ寂しいもの。このあと連れ回すから覚悟してね」

 「……どうかお手柔らかに」


 少し遅めの昼食が済んだあとは、アンナに引っ張られる形で街中を移動するメリアだが、旧友の奔放さに振り回されることに。


 「ちょっとあそこの水族館に行きましょう! 惑星マージナルの水中に暮らす生き物を見る良い機会よ! 違う惑星から旅行に来たなら、その惑星に暮らす生き物を見て、生態系の違いを楽しまなきゃ!」

 「だからって引っ張るのは……ああもう!」


 同年代の若い女性二人。

 多少騒がしくとも、帝国と星間連合から訪れる旅行客が多いため、よくあるものとして周囲からは気にも留められていない。

 しかし例外もあった。




 「ああああ! メリアさんが友人と楽しげにしてる!」

 「ルニウ、うるさいです。周囲からの視線があるのでもう少し静かに」


 双眼鏡を使って遠くを眺めていたルニウは叫ぶ。

 水色の髪を振り回すほどに興奮しており、そのせいで周囲の通行人から怪訝な目を向けられていた。

 メリアが自分たちではなく友人を優先した時点で、気づかれないよう観察することを選んだ。

 これにはファーナにも協力してもらい、常にどこにいるのか位置を把握しているという徹底ぶり。


 「でも、でもですよ? なんだか悔しいじゃないですか!」

 「ふっ……心に余裕がありませんね。メリア様がこういう行動に出るのは予想の範囲内です。そもそも、悔しいとか言われてもあの時に一度敵対してたでしょうに」


 腕を組み、どこか余裕そうな態度でいるファーナ。落ち着いているが、その視線は常に一ヶ所を向いていた。

 機械の体は、双眼鏡を使わなくても遠くを見通すことができるため、メリアが昔の友人に振り回されているところは現在進行形でしっかりと見ている。


 「これからもずっといるわたしたちに比べれば、友人との付き合いなど一時的なものに過ぎません。今日くらいは、むしろメリア様を譲ってあげても構わないわけです」


 メリアは海賊であり、しかも厄介な生まれの秘密を抱えている。

 どうあっても一般人として暮らすことはできないため、否が応でも優れた人工知能と一緒にいるしかない。

 そんな答えを導き出したファーナだが、話の途中、動かしている少女なロボットの表情が変化する。

 それは、視界の中のメリアが友人に微笑みかけているからだった。

 作り物ではない、ふと出てくる自然な笑顔。


 「…………」

 「何か不満そうな表情になってるってことは、ファーナが今さっき言ったことは強がりなんじゃ?」

 「いいえ。強がりではありませんが」

 「嘘だ」

 「嘘じゃありません」

 「ならさっきの表情は?」

 「……あ、メリア様が水族館に」

 「あわわ、見失ったらまずい。急がないと」


 言い合ってるうちに、遠くにいるメリアが水族館の中に入るため、慌てて追いかける二人であった。

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