第十一話 会談①
光臣に依頼を寄越した加害児童五名の自宅を一軒一軒訪ねて回る余裕はなかったので(再三言うが、僕にも僕の生活がある。これでも大学生なのだ)、先方に出てきてもらうことにした。響野に頼み、浅瀬船中学校の学区内にあるチェーンの喫茶店の個室を押さえてもらう。本来ならば僕と菅原がペアで保護者たちに相対したかったのだが、いじめの件はさて置き(さて置いてはいけないのだが)、悪魔の件については菅原には既に何かが見えている。保護者たちの前で不用意に何かを口走って、必要な情報を引き出せない、なんてことになっては困る。そのため喫茶店の個室──通常は社屋を持たない企業の会議だとか、昨今流行りのリモートワークなどに使われるらしい──には僕と、そして響野憲造が入ることになり、菅原には喫茶店内の通常の客室でコーヒーを飲みながら待機してもらうことになった。
「あっ! あんた!」
と声を上げたのは──保護者たちの母親or父親、場合によっては夫妻ふたりで来ている場合もあるので顔と名前を一致させるのが大変だな。加害児童E・
「夏に取材に来た記者だな!? ひどい記事書きやがって!」
「どうも〜、お久しぶりです〜う」
九月に発行された電子版週刊ファイヤーの記事『A中学校いじめ加害児童の元に悪魔が? これは呪いなのか?』のことだろう。響野はきちんと加害児童の家族に取材をしてあの記事を書いたのだなと密かに感心する。
「うちにも来た! 今更何しに……!」
「
加害児童C・
「皆さん、落ち着いてください」
19歳に取り仕切らせないでくれ、こんな最悪な会合を。などと思いつつ響野を背中に庇いながら、僕は声を上げる。
「皆さんが響野さんに対してあまり良い感情を持っていないということは、こちらも承知の上です。問題の記事は、私も目にしましたが──」
ええっと……いやぁ見事な暴露記事でしたね、とか言われたら仕事が途中で終わってしまい、光臣に無限にチクチク言われて大変厄介なので……
「その、響野さんもですね、問題の記事に関しては反省しておられるということで!」
背後に立つ響野が笑顔のままで首を傾げるのが分かる。傾げるな首を。元に戻せ。真っ直ぐにしろ。この人やっぱりちょっと変。
「あのような記事を書いてしまったことへの、ええ……つみ……ほろぼし……のようなもの……として……? 悪魔の件について協力したいという申し出をいただきまして……」
「本当なのか?」
加害児童F・
「と、いうことで、今日の私はあくまで錆殻さんの補佐ということで! 自動筆記装置のようなものだとお思いください!」
さあさあ座って座って、と響野が満面の笑みで言い放つのを待っていたかのようなタイミングで、ドアをノックする音が聞こえる。「どうぞ」と返事をすると、コーヒーカップを手にした若い女性の店員さんが困ったような顔でこちらを見ていた。店員さんの後ろには菅原が立っている。こっちはまるで──この部屋を覗くことで何かを見極められると確信しているような鋭い目付きをしていて──
「飲み物、ありがとうございます! こちらで配りますので……」
「申し訳ございません、お客様」
「いえいえ!」
コーヒーカップの乗ったトレイを響野憲造に横流ししながら、目顔で菅原に「あっちに行ってて」と命じる。菅原は形の良いくちびるをへの字に曲げ、しかし大人しく個室にほど近い場所にある丸テーブルへと戻って行った。オレンジジュースとチョコレートケーキが置かれていた。いいなぁ、僕もあっちの席に行きたい。いじめ加害者の親の証言とか集めたくない。魂が腐っちゃいそう。
「ええ、改めて。錆殻光臣の甥です。この度は伯父の代理という形で、皆様にお声がけをいたしました」
「錆殻先生は」
と口を開いたのは加害児童E・小林北斗の父親で──この人喋りたがりだな……それに僕も少し混乱してきたので、今部屋の中にいる人間の肩書きを軽く纏めておきたいと思う。
- - - - -
僕・錆殻光臣(伯父)の代理。この会合を開いた。
響野憲造、銭ゲバ記者。加害児童の親とは面識あり。
加害児童C 秋泉沙織
母親のみ参加。
同上D 田中美樹
母親のみ参加。
同上E 小林北斗
両親で参加。
通称F 遠藤侑帆
両親で参加
同上G 西林碧
母親のみ参加。
以上10人で、会合は行われる。
- - - - -
「煙草いいですか」
小林父が口を開いたので「だめです」と返した。
「この店は全面禁煙ですので」
チッという舌打ちは聞こえなかったことにする。長テーブルの右側に僕と響野、左側に加害児童保護者ご一行様に座っていただいている。自動筆記装置と自称するだけあって、響野は無言で手元のメモ帳にボールペンを走らせている。横目で見ると「小林父 喫煙者 態度悪し」と書かれている。OK、そういう情報があればじゅうぶんだ。
「あの……錆殻さん。今日は、光臣先生はおいでにならないんですか?」
田中母が尋ねる。まあそうなるよね。僕は光臣にこき使われたこの2年間でばっちり習得した営業用スマイルと浮かべ、
「申し訳ありません。伯父はその、皆様もご存知の通り多忙でして」
「だからってあんたみたいなガキを寄越すっていうのはどういう了見なんだ?」
はいまた小林父。敬語も消えている。早い早いぞ。
「やめましょうよ、そういう言い方は」
と口を挟んだのは遠藤父だ。父親同士ということでコミュニケーションが成立するのだろうか。
「気持ちは分かりますが……」
チッと再びの舌打ちが響いた。全然コミュニケーション成立してない。ダメだ。
「ええっと……伯父ではなく私のような、その、テレビに出ているわけでもない者がお話を聞きにきたということを、ご不満に感じるのは分かります。ですが、私は、皆さんにもご覧いただいた紹介状の通り、間違いなく錆殻光臣の甥です。皆さんから寄せられた情報はすべて、伯父の元に届き、伯父が然るべき処置を行います。ですので、一旦──信用していただくのは難しい、ですかね……?」
あーあーあーあーあーめんどくせー!! なんで僕がこんな下手下手に出なきゃいけないんだ! こいつら全員いじめ加害者の保護者なのに! いじめって犯罪なのに! 被害者の女の子は今も意識不明の重体で病院に入院中なのに! もうやだ! かなりやだ!
「私からひとつ」
左隣の椅子に腰掛けた響野憲造が、急に挙手をして口を開いた。
「皆さんのお子さんが『悪魔を見た』という話に関しては、私も一旦雑誌の記事として採用してしまいました。それに関しては謝罪します。プライバシーの侵害ですからね。しかし……皆さんは今、錆殻光臣さんの祓いの力を期待してここに集まっている。実際に皆さんのお子さんは悪魔を見た、もしくは、今も見ている。そういうことですよね?」
流れるように喋りやがる。僕の中でヒステリーの嵐が大暴れしていることに既に気付いているような口調だ。それはともかく、ありがたい。菅原では、こんな風に会合を仕切ってはくれないだろう。
「悪魔、というか……」
おずおずと口を開いたのは
「息子は、何かが自分を見ている、監視していると……その何かが悪魔なのかどうなのか、私には分からないんですが……」
真っ黒い髪を肩口まで伸ばし、薄化粧をした西林母の目を響野がじっと見詰めている。「何かが見ている?」と僕は小さく呟く。
「その何かは、どこか決まった場所に出現するとか、そういうルールみたいなのはあるんでしょうか」
「ルール……ルールかどうかは私にも分からないんですが、
主人? あ、夫のことか。西林家は三人家族だったな、と脳味噌に叩き込んである各家庭の家族構成を引っ張り出す。
しかし、三ヶ月も引きこもっているとは。
「皆さんのお子さんのクラスメイトである
無精髭の浮いた顎を撫でながら、響野が唐突に言った。言い放った。
僕と響野を取り巻く大人たちが殺気立つのが分かる。
やめろ、やめろって、もう。
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