僕と菅原〜地獄変〜

大塚

序章

第一話 前口上

 大前提として。


 この世の中に、はあまり多くない。ほとんど居ない寄りの『多くない』なので、本物に関しては期待しない方が心の健康を保てると、僕は思っている。


 でも、それなりの結果を出す者もいる。そういう者は自分が相対すべき『敵』に対して、そして依頼人に対して誠実で、自分が本当に力を持っていると信じていて気合いでどうにかしてしまうタイプ、もしくは芝居がめちゃくちゃうまい大嘘吐きかのどちらかだと思う。僕の近くにいる偽物は、圧倒的に後者だ。特に伯父。亡くなった父の兄である錆殻さびがら光臣みつおみは根っからのペテン師で、演技がうまく、『関東圏でも屈指の霊能者』という誰が言い出したのか良く分からない肩書きを持ち、『錆殻除霊事務所』という字面からしてとんでもなく胡散臭い事務所を経営している。光臣に騙される人は不幸だ。光臣には霊なんて見えない。にも関わらず、彼は持ち込まれた依頼を断らない。大金が動くからだ。光臣はペテン師で、守銭奴だ。僕も何度か彼の仕事場に連れて行かれたことがある。「ああ、ここにいますね、この世のものではない何かが……」と彼が指し示す先には大抵何もない。光臣が行う儀式はすべて彼が知り合いの脚本家に作ってもらった台本に書かれた台詞と動作であり、それこそもう、演技だ。光臣は家鳴りだとか、毎夜枕元に立つ白い服の女だとか、堕ろした赤ん坊の霊に悩まされる依頼人の前で格好良く見栄を切って見せて、「これでもう悪霊が現れることはありません」と何の根拠もなく断言して、依頼料を受け取る。安くて六桁。大抵は七桁以上。


 ところが驚くべきことに、光臣の演技で悩みが解消したという依頼人も少なからず存在する。これに関しては僕の想像なのだが、彼らの前にはそもそも『』は出現していなかったのではないだろうか? 非合法な手段で手に入れた土地に立てた家で発生する家鳴り、心身を散々弄んだ挙句有金すべて巻き上げた上で目の前で自殺した女性が最期に着ていた白い服、そして堕胎した赤ん坊をきちんと供養しなかったことについての罪悪感──そういった経験や、記憶が、依頼人に『偽物』を見せていた。偽物には偽物、光臣でじゅうぶんだ。現役霊能者としてテレビをはじめとするメディアに顔を出すことも多い光臣が現場に足を運び、儀式を行ったという現実。依頼人に必要なのは、光臣、もしくはカウンセラー、さもなくば警察官だった、というわけだ。


 さて、こんなことを滔々と語っている僕は何者かといえば、

 ──『』だ。


 光臣は偽物。しかし僕の父親、既に亡くなった光臣の弟は、『』だった。僕が記憶している限り、父は自身の能力を用いて金儲けをしようとはしなかった。霊能者という看板を立ててもいない。ただ、この世のものではない何かに苦しめられている人の存在を風の噂で聞き付けては、ふらりと現場に足を運んで除霊を行っていた。お金は、そうだな、たぶん電車賃ぐらいしか貰っていなかったと思う。良くて、それに加えてお昼ご飯代。そうして父は依頼人に、自分という存在についてあまり大っぴらに広めないでほしいと口止めを行っていた。本当に困っている人のことは、自力で見付けるから──と。


 父が亡くなったのは、僕が高校に進学した年のことだった。仕事の帰りに、交通事故に遭ったのだ。


 僕には母がいない。母の顔も声も名前も知らない。父によれば、僕を産んですぐに亡くなったという話だった。だから、唯一の肉親、家族である父を失った僕が頼れるのは、父方の親戚しかいなかった。


 錆殻光臣。

 ペテン師で嘘吐きの伯父。父には似ても似つかないクズ野郎。


 光臣は知っていた。僕が、父の息子で光臣の甥である僕が、『本物』だってことを。父の葬儀を終えてすぐに僕の身柄を引き取った光臣は「」と冷たい声で言った。仕事。つまり。僕に。ペテンの片棒を担げと。

 自分でも情けない話だが、父を失ったばかりで動揺していた僕は光臣の命令を受け入れてしまった。まだ高校生──いや、進学したばかりだから心はほとんど中学生だった。無理もない話だ。そうして僕は光臣に命じられるがままに偽物のバックアップをし、光臣がインチキ除霊を行っているあいだにこっそり本物の悪霊を見付けて祓う、という仕事をするようになった。本当に最悪だった。嫌で嫌で仕方なかった。依頼人には申し訳ないけれど、どうして光臣みたいなクズに仕事を依頼するんだと憎しみさえ感じた。

 15歳から17歳まで、僕はそんな風に伯父にこき使われて生きていた。


 前置きが長くなってしまったな。


 17の年。僕は、人生で初めて、亡くなった父以外のに出会った。


 これは、僕と、本物──菅原すがわらが地獄を駆け抜けたある冬の記録だ。

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