ワンダーキャット・エコーロケーション

猫神流兎

一章 猫耳入場(ネコミミログイン)

Beginnings are always inevitable.

〇第壱話 ネコミミ☆ノ☆ハッセイ

 朝、お尻と腰の丁度付け根辺りがむず痒くて起きた。

 洗面台へと行き顔を洗い鏡を見る。


 頭に動物の耳が生えていた。


 鏡に映る自分が本当に自分なのか眠気眼で確認する。手をあげて見たり、顔を触ってみたり。何度も何度も。鏡に映る自分の動きにしっかり連動している。

 つまり此れはありのままの私の姿という事にになる。


「……どういうこと?」


 マンションの一室、この身に降りかかった良く分からない事象は水が染み込む様に徐々に目に焼け付けられ、眠気が吹き飛んだ。


 常々悩んでいる自身の感情の起伏の少なさに対して感謝する羽目になるとは。冷静でいられることは現状、アドバンテージが大きくて助かる。

 ということで、突拍子もなく変わってしまった自分の容姿をマジマジと細かく見てみよう。


 髪の毛が旋毛を中心に左右キッパリ綺麗に白と黒で分かれている。濡れ烏のように真っ黒だったはずなのに。序でに動物の耳も髪色の延長線上で白と黒になっている。耳の形から察するにネコ科の耳だろう。触り心地が良いし、触れる感覚も触られている感覚も気持ち良い。ずっと触っていたくなる。


「あっ、ない」


 動物の耳改め、猫耳を堪能するために首を軽く傾げていたら気が付いた。人間の耳が無いと。

 俗にいう四つ耳ではないらしい。


 他に変わっているところと言えば、この瞳だろう。私の瞳はもともと濃紺だった。それがどうだろう。今は真っ赤だ。深紅だ。それによく見たら爪色も深紅だ。人生でネイルや髪の染色など一度もしたことないけれど、この爪の色合いはちょっと趣味じゃない。


「あ、学校……は、どうしよう」


 パッと見、見た目が随分と変わっている様にみえる。だが顔の作りは全く変わっていないので知り合いが顔を見れば私だと直ぐに分かるだろう。


 それに私の通っている学校の校則はいたく緩い。

 申請すれば派手、華美じゃないモノつまり、人の目を惹きつけすぎないという条件はあるが基本的に制服の着崩しや髪色などは自由だ――という建前のもと基本的に制服をしっかり着ていればお咎めはされない。


 しかし黒と白の二色の髪色に猫の耳を生やした見た目はどう頑張って考えても派手で目を惹く。友人らは私に何かあったことを確定として根掘り葉掘り質問攻めしてくるのは必至。気心が知れた仲なのである程度の質問攻めは許容範囲だ。何処まで突っ込んだ質問をするかの部別は弁えてくれるはず。私には勿体無いくらい良い友人達だ。それよりも好奇心で遠巻きに聞き耳を立てて野次馬するその他大勢の方が嫌すぎる。私は色々と悪目立ちしているらしいし尚更だ。


「どうしたものか」


 ふと、時計を見ると八時を指していた。私は未だ寝間着姿だ。ということは遅刻確定だが、あまり気にならない。皆勤賞を目指している訳ではないが今まで休んだことは無く無欠席だ。なので一日休んだとしても出席日数が足りなくなることはないので気に留めることはない。それに私の信条は『ゆる~く生きる』だから。問題が起きた時こそ時間に縛られず、よく考えて行動するのが吉。だけど先生との約束もあるし登校はしないと。


「あ、そうだ」


 洗面台から寝室へ戻り、ベッド際に掛けていた制服を手に取って着替えた。上着として紺色の自作のチャック付きパーカーを着る。そしてフードを被った。


 特徴的で目を惹くこの猫耳だけでも隠せれば何とかなりそうなんだけれど直ぐに脱げてしまうのだ。試行錯誤、何回か試したが無理。どうしても猫耳がピンッと立って脱げてしまう。


「うーん、気に入ってたんだけどなぁ」


 初めて作成したお気に入りのパーカーだったがそうも言ってられない。早急に猫耳が入るフードポケットを早急に作らないと。


 パーカーを脱いで棚から裁縫セットとミシン、それと生地を取り出す。このパーカーに使っている紺色の生地はもう無い。代わりに同じ種類の黒色の生地にした。


 一呼吸、置く。


 意を決し裁ち鋏を入れてパーカーの改造を始める。失敗したくないので集中しよう。


 ガガガガ、ガガガガ……ミシンの音だけが響く部屋。


 一時間くらい過ぎた頃だろうか。時計の針は九時半を指している。あーでもないこーでもないと黙々作業して完成まであと一歩、というところで携帯電話に着信が入った。着信の相手は養護教論である先生だ。


『もしもし、乃亜ノアか?』

「先生、おは」

『おは、じゃない。電話された理由は分かるな?』

「登校、していないから」

『分かっているなら良い。お前のことだから何か遭ったんだろう?』

「まあ、はい」

『その事情を今、説明することは出来るか?』

「……無理?」


 反射的に出た答えは否定。

 自分の猫耳を軽く触り、もう少し考える。


 私は口下手で感情の起伏が表情筋に伝播しない。何をするにも誰かに察して貰わないといけない節がある。コミュニケーションに難ありと自他ともに認める程にだ。ならばこの状況を見て貰った方が早いだろう。先生は何だかんだ言って的確なアドバイスをくれるし、たまにはあのスカした顔が驚いているところを見てみたい。


「――でも、見たら分かる」

『そか、なら学校に登校するのか休むのかだけ聞かせてくれないか? お前の担任から頼まれているし……まあ、それが無くても心配だからな』

「もう完成、今から登校する」

『何が完成するかはこの際、置いとく。学校に着くのは早くて二時間目の終わり、遅くても四時間目の始まり。昼頃までには着く予定ってことで良いな?』

「多分そう」


 今、時計の針は九時を指している。何も無ければ先生が言った通りの時間には着くだろう。

 ちょっとワクワクしてきたかも。


『気を付けて登校しろよ?』

「うん、分かった」

『それじゃあ、学校でな』

「らじゃ」


 先生との通話は終わった。

 あと一息のところで止まっていたパーカーの猫耳用ポケットの制作をちゃっちゃと完成させる。


 見栄えも含めて見る分には問題はなさそうだ。早速、試着して確認しようっと。

 再度、洗面台の鏡の前へ行って完成したパーカーを着る。

 猫耳がしっかり入って隠れる。


「ふむ、良きかな」


 我ながら中々の着心地&フィット感。これなら派手な見た目を幾分か隠せるだろう。

 出来栄えに満足したところで急ピッチで登校準備開始。

 猫のぬいぐるみのキーホルダーを付けたスクールバッグを携えて忘れ物が無いかさらっと確認しながら必需品どもを放り込む。


「よし」


 靴を履いてドアを開けた。

 出来るだけ面倒事が起きないことを祈りつつ、


「どうにでもなれっと」


 欠伸交じりに背伸びをしながら学校へと向かった。

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