断章

 自室の扉を開けて閑奈が部屋の中に入る。

「あったあった」

 そう言ってベッド脇に駆け寄ろうとした時、背後から卯月が「ねえ」と声をかける。

 閑奈が振り返ると、そこには鬼のような形相を浮かべた卯月が立っていた。

「あなたなんでしょう……寅吉兄さんと亥久雄兄さんを殺したのは」

 突然嫌疑をかけられ、その声に秘められた憎しみ閑奈は後ずさる。

「なんのこと……?」

 卯月は前に出て詰め寄る。

「とぼけないで。私は見たのよ、寅吉兄さんの遺体を。探偵さんに事情聴取に呼ばれて部屋に行く前にね。兄さんは白い手袋を嵌めて包丁や金槌を持っていたわ。明らかにどこかの部屋に侵入して誰かを殺そうとしていたのよ。そして、寅吉兄さんの遺体があった部屋にはアコニチン……毒の入ったビンが転がっていたわ。ロックさんが言うには、それを持ってあなたのグラスを手にしていたんだって」

「うそ……」

「本当の話よ。兄さんたちは、あなたを殺そうとした……そして、その直後に殺されたのよ」

 その言葉に、閑奈の顔が青ざめ、カタカタと歯を鳴らす。

「兄さんたちがあなたを殺そうとしたところで逆に殺されたのなら、どう考えてもあなたが身の危険を察知して返り討ちにしたに決まってるじゃない」

 低く、呻くように言葉を漏らす卯月に、閑奈は必死に首を横に振る。

「違う……私じゃない」

「それに、現場は密室だとか言われてたけど、この家に住んでるあなたなら侵入方だって知ってるでしょう?」

「私、そんなの、知らない」

 恐怖ゆえにか、か細い声で否定するも、卯月はお構いなしに距離を詰めてくる。

 卯月の目は据わっていた。閑奈は蛇に睨まれたカエルのように動けなくなっている。

 その時、隣の部屋から大声が聞こえた。

 卯月がその声に気を取られた隙をついて、閑奈は卯月の脇を通り抜けて扉に向かおうとする。

 しかし、扉に辿り着く前に腕を捕まれる。

「きゃっ!」

「逃げるのは、自分が犯人だからかしら?」

「ちが……」

 逃れようとするも、引きこもりの少女の腕力では大した抵抗はできない。

「私は怖いわ。あなたが私や美月を殺してしまうんじゃないかって」

 卯月は閑奈を床に押し倒し、うつ伏せになった少女の背中に馬乗りになる。

「やめて!」

「この悪魔!」

 そう叫び、両腕で首を締める。

 閑奈は必死で手足を動かす。床に叩きつけられて大きな音が鳴るも、卯月の手は緩まない。

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