人形屋敷の殺人 探偵助手機巧人形アリス・パペット
九条英時
序幕
私、
当時、小学六年生だった私は、夏休みに級友である
我々はそこで、推理小説のような、としか表現できない出来事に巻き込まれてしまったのだ。
起こる密室殺人事件。嵐によって外部との連絡がつかなくなり、孤立する洋館。さらなる殺人事件。かつてこの孤島に存在した村に伝わるわらべ唄。不安が高まる登場人物たち。
そのような典型的クローズドサークルミステリの舞台にて、私と弁一は生まれて初めて死体を目の当たりにし、殺人鬼の恐怖に怯える羽目になった。
しかし、この典型的ミステリの舞台には、もちろん欠かせない登場人物がいた。
そう、名探偵である。
第三の殺人事件が起き、我々は洋館の広間に集まって相互監視をしていた。
「もう嫌だ……俺たちはみんな、ここで殺されるんだ!」
「うるさいわよ! みんな不安になってるんだから、いちいちそれを煽るようなこと言わないでよ!」
「なんだと……そもそもお前が俺をこんな所に連れてきたんじゃねえか!」
「あんただって、来る前は乗り気だったじゃない! 新しくビデオカメラを買ったりしてはしゃいでさ!」
「まあまあ二人とも落ち着きなさい」
罵り合いと怒号と、それを諌める大人たち。その隅で身を寄せ合って震える私と弁一。広間はパニック寸前になっていた。
そんな中、如月探偵だけは違った。普段のほにゃっとした緩い表情は鳴りを潜め、周りの喧騒に乱される事なく、凛々しい顔をしてソファに座り、事件の全容を纏めた手帳を前に思索していた。
やがて彼女は、パタン。と音を立てて手帳を閉じると、ソファから立ち上がった。
「長谷川さん。聞きたいことがあります。私と一緒に部屋に来てもらえませんか? 五条くんも一緒に来て」
如月探偵の風鈴の如き声は、喧騒まみれの広間でもよく響いた。
その声にみんなは言い合いを止め、長谷川さんは自らを指差して「え、俺?」と困惑した顔をする。
「はい。私たちと二人きりになる事が不安なら、その心配は無用です。知っての通り第一の殺人の際、私と五条くんには確固たるアリバイがありました。私が犯人である事はあり得ません」
「そりゃあそうだけど、なんで俺が……」
彼女の堂々とした振る舞いに逆らえなかったのか、長谷川さんはぶつくさ言いながらも如月探偵の後を追って部屋の外に出る。その後を如月探偵の助手である精悍な男性、
残された一同は呆気にとられ、やがて何事かと話を始める。
私と弁一も、今の如月探偵の行動についてヒソヒソと意見を交わす。
「如月さんは一体何を聞きたいのかな。もしかして謎が全部解けて、長谷川さんが犯人だったとか?」
弁一の言葉に私は、ありえない。と首を横に振る。
「もしそうなら部屋に呼んだりしないよ。みんなの前で推理を始めて『犯人はお前だ!』って言うはずだもん」
「じゃあみんなに話せない長谷川さんの秘密に気づいたとか? 長谷川さんが前科者だったとか」
「初対面の相手が前科者だなんて、どうやってわかるんだよ。それよりも、長谷川さんが変な性癖を持ってて、それを見抜いたとかかもしれない。例えばおっきなおっぱいが好きだとか」
「おっきなおっぱいが好きなのは、変な性癖かなあ」
「なんだよ、弁一はおっきなおっぱいが好きなのか。そういえば体育の時間に綾ちゃんのおっぱいをいっつも見てるもんな」
「甘いね霜二。あのくらいじゃおっぱいとは呼べないよ。僕が好きなのは保健室河野先生みたいな……」
などと小学生らしい生産性皆無の話に移行しかけた時、部屋の外から争うような激しい物音が聞こえた。
広間にいた一同は顔を見合わせ、急いで広間を出て物音がした部屋に駆けていく。私と弁一も、その後をついていく。
物音がしたのは如月探偵の部屋だった。すでに部屋の中からは物音が止み、しん。と静寂に包まれていた。
一同を代表し、弁一の叔父さんが扉を開ける。私と弁一は大人たちの傍から、中を覗き見る。
部屋の中では家具が散乱し、その中央では長谷川さんが五条さんに腕をきめられ取り押さえられていた。
「いったい……何が起こったんだ」
その質問に、如月探偵は澄まし顔で答える。
「長谷川さんこそが、今回の一連の事件の犯人である「地獄の調律師」だったんです。そして、それを見破った私に襲いかかってきた所を、五条くんに取り押さえられました」
弁一の最初の想像は当たっていたのだった。
かくして事件は解決したのであった。
その後、本土に戻る船の中。私は椅子に座ってクロスワードパズルを解いていた如月探偵の元に赴いた。
「如月さん」
私が声をかけると、如月探偵は顔をあげ、柔和な笑みを浮かべる。
「お、七崎くん。今回は大変な事件に巻き込まれて災難だったね」
気さくに声をかけるその様子は、事件を解決する際の凜とした佇まいとは全く別人のようであり、そのギャップに少し戸惑う。
「ええ、本当に……ところで、聞きたいことがあるんですけど」
「ん? なあに。お姉さんに答えられる事ならなんでも教えたげる。あ、でも体重とスリーサイズは秘密だからね」
本当にこの人が事件を解決したのかと頭を抱えたくなる。隣で黙々と「罪と罰」を読んでいる怜悧な佇まいの五条さんの方が、実は探偵なのではないかと疑ってしまう。
「事件の最後、どうして長谷川さんを部屋に呼んだんですか? 探偵ならみんなの前で推理を披露して『犯人はお前だ!』って指差すものじゃないんですか?」
私の問いに如月探偵は「そのことね」と言う。
「犯人がどんな動機で犯行に至ったのかもわからないのに、みんなの前で指摘して糾弾する……要するに、みんなの前で晒し者にするような悪趣味な真似は、あんまりしたくないんだよね」
その説明に私は納得いくものがあった。
小学校の帰りの会で、みんなの前で悪事を暴露され、吊し上げにされる辛い経験は、私も身に覚えがあるからだ。
「それに、皆んなの前で犯人を暴いた結果、逆上した犯人が誰かに襲いかかったり、逆に他の誰かが犯人に襲いかかる可能性があるじゃない?」
「そういえば僕の読んでる探偵漫画でも、罪を暴かれた犯人が他の人間に襲いかかる場面が何度もあるし、逆の場合もありました」
「そうそう。あれは漫画だけの話じゃない。だから、できるだけ犯人の追い込まないように、私と五条くんだけで話し合いがしたかったんだ」
だって、と。
「探偵は謎解き屋じゃない。事件を暴く事が役目じゃなくて、事件を解決する事が役目なんだ。だから穏便に事件を解決するために長谷川さんを部屋に呼んで、犯行をやめて本土に帰ったら自首するよう薦めたの」
結果的に襲われちゃったんだけどね。と自嘲するも、多分彼女はその可能性を考慮して、腕の達であろう五条さんを同行させたのだろう。
事件の謎を暴き、事件の円満解決を図る。そしてそれが失敗した時のケアも忘れない。
探偵は事件を解決するもの。
その言葉は私の心に深く刻まれた。
本土に帰った後、弁一と肩を並べて河原に座り、私は言った。
「僕は探偵を目指すよ。如月さんみたいな、探偵になる」
それを受けて弁一は言った。
「じゃあ僕は探偵助手になる。五条さんみたいに霜二のサポートをするよ」
少年時代、殺人事件に巻き込まれた我々二人は、夕日に煌めく川を眺めながら、将来について誓い合う。
余談だが、探偵は謎解き屋ではなく事件を解決するものと自称した通り、如月探偵は密室の謎は解いていなかったらしい。
数年後、大学を卒業した私は探偵になった。
弁一は探偵助手になってくれる事はなく普通に研究職に就いた。
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