第83話 王子

 ローゼリア――

 姉を殺したあの女が、ローゼレミーまで殺害した。


 怒りに呑まれそうになる心を、必死に抑える。




 孤児院に引き取られてから、私はローゼレミーと身近に接してきた。

 そして見よう見まねではあるが、彼女のようになりたいと、手本にして生きてきたのだ。



 人を憎み恨むよりも、他者を慈しみ思いやる心を、強く持つように―― 


 それは私が、勝手にそうしていただけなのだが、それでも私がここで怒りに身を任せてしまえば、ローゼレミーに顔向けできない気がした。



 私は天国で再び彼女に出会った時に、胸を張って会えるように、ローゼリアに対する憎しみよりも、ローゼレミーの冥福を祈る気持ちを強く持った。





 ローゼレミーの死後、彼女の庇護の無くなった私たちは、中央神殿に呼び戻されることは無かった。


 ただ避難先の郊外の教会で、そのままお世話になることは出来た。

 住むところには困らないが、お世話になりっぱなしという訳にもいかないので、働ける者は働きに出ることになった。



 戦争準備が始まったため、仕事にはすぐありつけた。


 戦争というのは、一大事業だ。


 大規模イベントが開催されれば、人手はいくらでも必要になる。

 前線に人手を取られた後方の輸送部隊で、私達は炊事や洗濯をしている。

 




「戦争かー」

 チャルズコートの勝ちは揺るがないそうで、街の人達はどこか戦争を楽しみにしている。ちょっとしたお祭り気分が蔓延していた。


 だが、私は……。

 あのローゼリアを使って、聖女ローゼレミーを殺害した悪の国が相手とはいえ、人が大勢死ぬことは悲しいし、出来れば避けて欲しかった。



 しかし、私はただの小娘で、戦争を止める力はない。


 私に出来ることといえば、食事の用意と洗濯と、一人でも多くの人が死なずに無事に故郷へ帰れるようにと、祈ることくらいだった。






 聖女暗殺から、約半年後――

 

 チャルズコート連合軍が、戦争で負けた。

 史上稀にみる、大敗北だったらしい。


 町中がお通夜のように静まり返ったかと思うと、あちこちで暴動が起きたりして大変だった。


 敗戦の報から、三か月後――

 聖女ローゼレミー殺害の黒幕は、この国の最高司祭チェルズスカルだったと公式発表された。


 チェルズスカルは両腕を後ろで拘束されたまま、縄で引っ張られて、引き摺られるように歩き、最後は処刑台で磔にされて、沢山の槍で身体を刺されて死んだ。



 町の噂では、責任を取らされて無実の罪を着せられたんだと言う人がちらほらといたが、私はそうは思わなかった。


 チェルズスカルが真犯人だと聞いて、私は『そうだろうな』とすぐに腑に落ちた。


 


 敗戦から二年――

 私たち孤児院のメンバーは、教会でお世話になりながら、働けるものは働き、まだ働きに出れない年齢の子は、もっと小さい子の面倒を見て、お互いに助け合いながら生きてきた。



 私と何人かは兵隊の詰所の食堂で、ご飯を作る仕事の手伝いをしている。

 戦争の時に出来たコネで、働き口は確保した。


 給料は高くないが、たまに余り物を貰えるので、そこで働くことにしたのだ。


 今日も、余った食材をかなり貰えた。

 持って帰って、みんなで食べよう。


 私は少しウキウキしながら、帰り道を歩く。

 ――今日はお腹いっぱい、ご飯を食べられる。



 その道の途中で、私は神様の声を聴いた。


 『あなたに、力を授けます――』


 私はその日から『聖女』になった。





 

 聖女に選ばれたものの、この先どうすれば良いのか分からない。

 お世話になっている教会の、司教様に相談した。


 司教様は聖女の発見を神殿を通して国に報告し、私は国の上層部の監視の下で、聖女の加護をこの国に与え、結界を復活させた。

 


 ローゼレミーの結界が効力を失いつつあり、領内に魔物が発生しだしていたが、私の結界で状況が改善された。



 私は国から新しい『聖女』と認定されて、中央神殿で暮らすことになった。

 その日から、私の名前は『ローゼローラ』となった。







 聖女となった私は――

 チャルズコートの第一王子と婚約させられて、引き合わされる。


 私は自分の意思を無視して、あれこれ勝手に決められるのが気に食わずに、その男の顔を碌に見もせずに、横を向いて『ふんッ』と言ってやった。


 ローゼレミーは独り身だったし、絶対に王子の嫁にならなければいけない、というわけでもないだろう。そのうち、この婚約は取り消して貰おうと思う。




 聖女となり神殿で暮らし、生活環境は豊かになったが、あまり楽しくはない。


 孤児院の皆とは引き離されたままだし、自由に出歩くことも出来ない。





 ある時、この国の政治家がこんなことを言っているのを、偶然聞いてしまった。


「ローゼレミーは好きにさせ過ぎた。だからあんな我儘になったのだ。今度の新しいのは、ああはならない様にように、我らがしっかり教育しなければ――」



 私はそいつの言い草に、腹が立った。


 腹が立ったから――

 聖女の権力を使い、好き放題することにした。



 国の権力者に面会を求めて、強引に会いに行き、弱い立場の人たちのために政治をするようにと、命令してやった。

 無駄な補助金を無くし、税率を引き下げて、横暴な振舞いをする役人の態度を改めさせろと、行政指導した。


 逆らえば、豊穣の女神ガイア様に対する反逆になると言って、脅しておいた。


 これでこの国も、少しは良くなるだろう。



 私はそう思っていたのだが、なんの変化も無かった。

 私がこの国の政治家連中から、嫌われただけだった。




 だが、私は特に気にしなかった。

 あいつらは面と向かって、聖女である私に文句を言うことは出来ない。


 


 国の上層部からは嫌われたが、視察に赴いた先の施設では歓迎された。

 街に出れば、大勢の人たちが私に感謝してくれる。


 国民は私の味方だ。



 皆の為にも私が、この国を良くするんだ。 

 どうすれば良いのかは分からないが、漠然とそう思っていた。







 そんなある日、私の住む神殿が襲撃を受けた。


 ハエの顔を持った醜悪な悪魔ベルゼブブが、大量の眷族を引き連れて攻め込んできた。


 ハエの大軍は神殿を守る騎士たちを飲み込み、その身を腐らせて戦闘不能に追い込んでいく。

 


 私は聖女の杖を持ち、敵の迎撃に出る。


 ハエの悪魔が、外にひしめいている。

 神殿を包囲して太陽を遮り、辺り一面を覆い尽くす。



 私は邪悪な存在を浄化する『聖女の光』を放ち、悪魔ベルゼブブの眷族を消し去っていく。


 私の放った光は真っ黒なハエの群れに穴を開ける。


 その穴から太陽の日が差すが、敵の数が多すぎる。

 私の開けた穴は、すぐに敵に防がれてしまう。




 私は聖女の光で自身を守りつつ、ハエの眷族を浄化し続けた。


 

 

 無数に繰り広げられた、攻防の末に――

 私は敵の群れを殲滅して、悪魔ベルゼブブ本体に聖女の光を当てる。


 女の身体に、ハエの頭の化け物。

 その半身が、焼け溶けて崩れている。


「くっ、おのれ~! お前のようなぽっと出のモブキャラに、この私がッ!! これは何かの間違いよ。お前なんかに、私が負けるなんて、ありえない……」


 悪魔は地面に横たわり、身動きが取れないでいる。

 悔しそうに、拳で地面を叩く。






「はぁ、はぁ……ッ」


 私もほとんどの力を使い、消耗している。

 聖女の光は、あと一度しか使えないだろう。


 でも――

 あと一息で、勝てる!!

 

 次の一撃を、放てば――




「……いまよ、シュドナイ!!」


 私が勝利を確信したその時に、悪魔が何かを叫んだ。


 それに呼応するように、聖堂の中に隠れていた老人が姿を現す。

 そいつは剣を振りかぶり、裂帛の気合と供に私に襲い掛かってきた。


「せりゃっぁっぁあぁあああ!!!!」




「くっ……」


 私は慌てて聖女の光を放ち、その老人の目を眩ませる。



 視力を奪われた老人は、その場に蹲るが――

 私は最後の一撃を、使ってしまった。



 年老いた剣士の視力は、まだ回復していない。

 けれど、私はこの老人に対する、有効な攻撃手段を持たない。




 この聖女の杖で殴れば、多少はダメージを与えられるかも――

 私は老人に近づこうとするが、嫌な予感に動きを止める。




 老人が立ち上がる。


 あの老人は目が回復していない振りをして、私が攻撃するのを待っていた。

 杖で殴りかかっていれば、近づいた瞬間に斬り殺されていただろう。



「気付いたか。だが、死ぬのが少し遅くなっただけだ。これだけ神殿で騒ぎが起きているのに、城からは援軍がまだ来ない――お前は嫌われている。それが敗因だ」



「……ッ!」


 その通りだ。

 ――言い返せない。



 私は死を覚悟し、杖を握り締めて目を閉じる。


 老人が私を殺そうと足を踏み出した、その時に――


 


「ローゼローラ!!」


 私の名を叫んで、一人の少年が戦いに割って入った。


「……あんた、なんで?」


 そいつは私の婚約者の、この国の第一王子だった。



 王子は剣を構え、私の前に立つ。


 そして、襲撃者と戦いだした。

 男の子と老人の攻防が、繰り広げられる。

 





「ぐあっ――」


 王子もそこそこ強かったが、老人とは戦闘経験に差があり過ぎた。

 身体を斬られて、跪く。


 それでも王子は逃げずに、老人に向かって剣を向ける。

 あいつが私に近づかない様に、牽制している。




 このままだと、こいつも殺されてしまうだろう。


「いいから、あんたは逃げなさい! 殺されるわよ。私が殺されたって代わりの聖女はすぐに用意されるんだから、気にしなくっていいのよ。あんたが命をかける必要はないわ!!」


 私は王子に逃げるように言った。

 



 だが、王子は逃げない。

 老人に向かって、剣を構えたまま――


「聖女の代わりは、いるかもしれないが――ローゼローラ、君の代わりはいないだろ!! 僕は君に死んで欲しくは無いんだ。だから、逃げないよ」


「……ッ!??」

 

 何を言ってるんだ?

 こいつは……??


 訳が分からない、だが――




 私の顔に血が上り、熱くなる。


 私を守る為に、強敵に立ち向かう。

 王子のその背中を、見つめていると――


 力が湧いてくるのを感じた。



 心がよく分からない想いで、満たされる。


 今なら、聖女の力が使える。

 私は聖女の癒しで、王子や戦闘不能になっていた神殿騎士たちの傷を癒す。


 傷の治った騎士たちは、襲撃者を包囲する。



 あれだけ強かった老剣士も、複数を相手にしては歯が立たない。


 傷を負い、剣を落とす襲撃者――

 最後は王子が剣で、止めを刺した。





 私は悪魔ベルゼブブと対峙する。


 半死状態で身動きの取れないベルゼブブは、老人に対して悪態をついていたが、私が杖を構えると、命乞いを始めた。


 自分がいかに可哀そうで、同情すべき存在なのかを語り続ける。



 その話を聞き流しながら――

 聖女の杖に力を込めて、光を放つ。


 私は悪魔を、この世界から消し去った。







 これまで私は、王宮や神殿ではずっと一人だったけれど、悪魔の襲撃があった日からは仲間が増えた。

 

 婚約者の王子や、一緒に悪魔と戦った騎士たちとは、少しずつ打ち解けることが出来た。



 そして、王子からアドバイスを貰う。

 国を良くしたい、変えたいと思うのなら、まず協力者を集めて、少しずつ変えていこうと言われた。



 それもそうだと思ったけれど、素直に感心するのは何だか癪に障る。

 私はそっぽを向いて、フンっと言う。


 それから――



「あんたがそう言うなら、そうしてやっても良いわ!」




 そう答えておいた。

 自分でも『可愛くないなぁ』と、思いながら――

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