第75話 破滅へと至る道筋 4
僕は婚約者のステファと共に、馬に乗って遠乗りに出ている。
ローゼリアから不気味な脅迫状が届いたり、隣国の王子アレスに不審な動きがあったり、チャルズコートから参戦要請の使者がやってきたり、ここ暫く憂鬱な案件が相次ぎ、精神的に披露した僕を気遣って、彼女が誘ってくれた。
今日はいい天気で、風が気持ちいい。
見晴らしの良い丘の上で、草原を眺めステファの作った軽食を食べる。
彼女と一緒に過ごすうちに、心が安らいできた。
僕は彼女と二人きりの、他愛もないこの時間を満喫していた。
――だが唐突に、この幸せな時間が終わりを告げた。
何も無い空間から、突如として出現したハエの大軍に、ステファが襲われたのだ。
そのハエにたかられた、ステファの顔が爛れてしまっていた。
今は病院で、治療を受けている。
王城の中でも、異変が起きている。
前王妃がこの城を訪れて、長期滞在している。
彼女は事実上、この国を牛耳っている。
多数の兵士を連れて来ていて、まるでこの城の主のようにふるまっている。
ある時、僕はこの国の上層部に呼び出しを受ける。
嫌な予感に緊張しつつ、呼び出しに応じた。
ひょっとして、ステファのことか――
ハエの群れに襲われて、彼女は顔の半分ほどが爛れてしまっている。
将来この国の王になる、僕の正妻としてふさわしくない。
そんな話が、出るのではないか――
何とか彼女を守ろう。
正妻でなくとも側室として、側にいてくれればいい――
そう思いながら僕は歩く。
だが、会議の場で出たのは、僕の予想をはるかに上回る悪い話だった。
ステファと僕の婚約を破棄し、彼女を国外追放にする。
――その宣言を僕がするように、国王から命じられた。
王城の謁見の間――
ステファが痛々しい姿で、膝をついて平伏している。
僕は渡された原稿を読み上げた。
「君との婚約を破棄して、国外追放にする……。理由は君の浮気だ。もう顔も見たくない――どこへなりと、行くがよい……ッ」
僕は泣くのを堪えながら、この文章を読み上げた。
表現はこれでも、大分と柔らかくした。
ステファが浮気をしたなどという証拠はない。
ただそんな証言をする者が、いたというだけだ。
その証言はちゃんと検証されぬまま、『真実』となり、彼女の追放が決まった。
国の上層部から、反対意見は出なかった。
彼女は顔に、酷い怪我を負ってしまっている。
将来この国の王妃となった時に、彼女では見栄えが悪い。
だから、これ幸いに追い出そうということになった。
最悪だ。
――僕にもっと、力があれば……。
彼女を追放など、させなかったのに……
だが、僕には何の力もない。
最愛の人が苦しみ、国から追い出されるというのに、何もできない。
彼女は最後に、僕に心配をかけない様に――
にっこりと微笑んで、頭を下げてから追放された。
僕は自分が情けなくて、死にたくなった。
この国はリーズラグドへと侵攻する準備を開始した。
ステファが追放された地へと――
僕たちはこれから、攻め入らなけらばいけない。
何とかしてその流れを止めたいが、もうこの国は制御不能なところまで来ている。
おかしな噂が、まことしやかに広がって、それがこの国の民衆にとって『真実』になってしまったからだ。
その噂というのは――
リーズラグドの王子アレスが、この国に全権大使として滞在していた際に、ピレンゾルの少女二十万人を強制連行して、奴隷にしている。
といった内容だった。
ちなみにこの国の王都の人口は、約七万五千人だ。
少女二十万人を強制連行したなど、荒唐無稽な話だが、国民の間ではそれが絶対の真実になってしまっている。
そして国民は、声を上げだした。
リーズラグドに、謝罪と賠償を要求せよと――
アレス王子がこの国から娼婦を連れて行ったことは確かで、恐らくはその話が誇張されて荒唐無稽なデマとなり、吹聴されているのだと思う。
そのデマを元にして、他国に謝罪を要求するなど、正気の沙汰ではないが――
国の上層部は国民の声を無視できずに、外交使節団を派遣した。
うちの国ではアレス王子が、少女二十万人を強制連行したことになっている。何とか話を合わせて、謝罪してくれないか?
そう頼んだらしい。
当然のごとく門前払いにされ、リーズラグドから国交断絶を言い渡された。
――当然だ。
どこの世界に、『デマが広まって大変だから、話を合わせてくれ』と頼まれて、謝罪して金を払うような、愚かな国があるというのか……。
だが、ピレンゾル国民にとっては、そのデマこそが『真実』だ。
こちらの要求を突っぱねた、リーズラグドに対して――
国民の怒りは沸騰し、戦争しろと息巻いている。
国の上層部は国民の声に応えるように、リーズラグドへの侵攻を開始する。
侵攻自体は前から準備していたが、国民の後押しもあり、当初の予定よりも大規模な兵力で攻めることになった。
勝ち目がない戦いだと分かっていても、もう誰にも止められなかった。
絶望に打ちひしがれる日々。
無気力に過ごす僕に、国王からの呼び出しがあった。
――なんだろう?
呼び出しに応えて、王の待つ玉座の間へと赴いが、そこに王の姿は無かった。僕の母親の王妃の姿も見えない。
代わりに――
この国の玉座には、ローゼリアが座っていた。
あの女は怪我でもしたのか、顔に包帯を巻いているが、間違いなく奴だ。
その傍らに前王妃が立っていて、その前には大きめの木箱が二つ並んでいた。
「待っていたわピレール。あなた、この私を待たせるなんて、いけない子ね。何様のつもりなのかしら? これは、お仕置きが必要ね。ふふっ」
ローゼリアは玉座に足を組んで座り、不敬にも僕に不遜な物言いをする。
――何故、この部屋の衛兵たちは奴を捕らえない?
おかしい……
前王妃はなぜ、奴の横暴を見逃しているんだ?
そして、王と王妃はどこに――?
この部屋の中央に、置かれている二つの木箱――
木箱の下の方が、赤黒く染まっている。
僕の動悸が激しくなる。
ローゼリアがパチンと、指を慣らす。
僕の左右に控えていた衛兵が、僕を小脇に抱えて木箱の側まで引き摺っていき、箱を開ける。
止めてくれ――
僕は顔を背けるが、無理やり箱の中を見るように顔を固定され目を広げられる。
僕の目の前に、王と王妃の首があった。
二人の顔の半分は、黒ずんで爛れている。
これは、ステファと同じ――
これを、やったのは……
じゃあ、ステファを襲ったのも――
何故だ?
この状況を見ればわかる。
ローゼリアはすでに、この国を乗っ取っている。
そして――
僕の推測だと、この女はアレス王子の命令で動いている。
だとすれば、攻める相手はチャルズコートになるはずだ。
チャルズコートとの決戦が迫っている、このタイミングで――
自分の国を攻めさせるメリットは??
……分らない。
もう何が、どうなっているのか――
何が真実で何が嘘か、誰が味方で敵なのか……。
完全に心がへし折れた僕は――
考えるのを止めた。
もう、なにも……。
「うぅ……」
僕はその場に立っていられなくなり、崩れ落ちる。
――降伏しよう。
「……もう、やめてくれ、僕はもう……何もいらない、この国の王位も君に譲る。僕をここから、この国から追放してくれ。頼む、ローゼリア! 今すぐ君の前から消えるから、もう解放してくれ!!」
僕は泣きながら、懇願する。
その無様な姿を見た、ローゼリアは――
立ち上がり、こちらに近づいてくる。
そして、蹲る僕に対して、全力で蹴りを入れる。
「ちーがーうーだーろーぉぉおおおおおお!!!!!!」
大声で怒鳴る。
「この場面でお前が言うセリフは、『僕が悪かった、君を愛してる。戻ってきてくれ、ローゼリア!! 』だろうがっ!! なんで真逆のことを言うんだ! 何のために、お前の身近な人間を消していったと思っている。もう、私に頼るしかないんだよ! お前は!! それなのに、ここから出て行くだと? お前がここを出て、一人で生きていけるとでも思ってるのか? どんだけ馬鹿なんだよ、このアホ垂れが!! お前がそんなだから、私は聖女になれなかったんだ!! このクズ、ゴミ、ハゲ!! お前は! ローゼリアの為に! 創られた!! 王子だろうが!! なんでこんなに、へなちょこなんだよ!! 設定上はこの世界でも上位の素質や才能があるはずなんだ!! 本気を出せよ、本気を!!」
ローゼリアは、意味不明なことを喚きたてて――
地面に這いつくばる僕を、罵りながら蹴り続ける。
悪魔のような形相で――
いつまでも、いつまでも。
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