第21話石工リル①

「そのロセという女との関係を言え」


 ダグマの厳しい口調に若い男は態度を軟化させ、肩をすくめて返す。


「幼なじみさ。最近、一緒に住んでいたお爺さんを亡くして様子がおかしかったんだよ。で、わざわざ山小屋まで行ってみたらもぬけの殻で……どこかに連れ去られたなら助けてやりたいと思って探してるってだけだ」


 ダグマは仁王立ちのまま腕を組んで「お前は街育ちだな。身なりは悪くない。街の名を言え。何をしていたのかも」と、問いただす。


「ジャグリンってとこだ。黒死病の大流行以降、寂れちまったが昔はかなり栄えていた港町だ。そこで俺は石工の仕事をしていたけど、親方が病気でやられちまってからは大した仕事は出来てない」


 ジャグリンは大きな港町で、交易が盛んだとアデリーも習ったことがあった。


 そこまで聞いたダグマが組んでいた腕を解いた。


「石工か。親方とやらが居なけりゃ仕事ができないのか?」


 やや煽っている言い方だったので、その男は案の定不機嫌になり言い返す。


「そんなこともないけど、親方が名のしれた石工だったからな。それに比べりゃ俺の腕は落ちるし、それで客は独り立ちしていた一番弟子の方へと流れちまっただけだ」


 そこまで来るとダグマは「いいだろう」と言った。


「お前の探しているロセは確かにここにいる。今は薬草を探しに行っていて居ないが、そう何日もかからず戻ってくるはずだ。そこでだ。お前はここで待てばいい。石工の仕事を与えよう」


 青天の霹靂という言葉がピッタリだった。アデリーももちろん驚いたが、その若い男も「へ?」と事情を把握しきれずに変な声が出ていた。


「どうせ戻っても仕事がないんだろ? なら、ここに居て仕事をすればいい。ロセが戻ってくるのは確実だからな」

「なんで確実なんだよ」

「ロセがここに住むと決めたし、薬やその他の物も置いたままだからだ」


 男は僅かに考えてから自らを納得させるように頷いた。


「ま、確かに戻っても仕事もないしな。じゃあロセの荷とやらを見せてくれ。本当にロセが居るならここに残ろう」


 答えを出した男にダグマは手を伸ばし握手を求める。


「俺はダグマだ。お前は?」

「リル」


 二人は手を握り合うと、先にダグマが手を離し、後ろでやり取りを見ていたアデリーに手招きした。


「こっちはアデリーだ」


 アデリーは手にしていた布を置くと、既に汚れてしまっていた服で手をゴシゴシと拭いた。


「掃除中だったので手が汚れていますから──」


 握手をするか迷うと、先にリルがアデリーの手を握ってくれた。


「そんなこと気にならないよ。食事前でもあるまいし。驚かせて悪かった、リルだ」

「アデリーです」


 緊張感が失せると、リルは話しやすそうな人だった。まだ暗い部屋の中なので人相まではハッキリしないが、髪はどうやらロセと同じブロンドヘアーらしい。


「じゃあ、荷物を見せる。それと今はもう一人住人が居て、ご飯を作ってくれてる」

「ああ、美味しそうな匂いがしてたんだ」


 確かに先程から部屋の中にもいい香りが漂ってきていた。


「そこのアデリーがプラムジャムを羨ましそうにしてたんで、プラムパイを焼いてるところだとよ」


 アデリーは思わず「わぁ、プラムパイを?」と心を踊らせた。まさか自分もプラムジャムを食べられるとは思ってもいなかった。


「見に行くか?」


 ダグマは気を利かせて聞いてきたが、アデリーはなんとかその誘惑に耐えて首を横に振った。


「いいえ。ここの掃除を終わらせます。あとリルはどこで寝泊まりしますか?」

「ああ、ロセのベッドが空いてるから厨房でいいだろう。どうせ大工も居ないし、ベッドは作れないからな」


 そこでリルが口を挟んだ。


「ベッドくらいなら俺でも作れるけど」


 即座にダグマはダメだと言い切った。


「石工にやってもらいたい仕事が山程ある。ベッドは既にあるから作らなくていいし、そんな暇があるなら石の一つでも削ってくれ」

「そうは言っても道具がなけりゃやれないけど」


 リルがダグマの横まで移動していたから、ダグマはそこでリルの肩を抱いた。


「朗報だぞ。のみつちなんかの道具はある。しかも鉄製だ」

「うわ! そりゃ、凄い!」


 二人は肩を並べたまま外へと繰り出す。太陽の光を浴びるとリルの短いブランドヘアーが収穫間際の麦のように美しく靡いていた。


「ここに残っていた道具を冬の間に手入れしておいたんだ。謝礼金かわりにそれらをやろう」

「最高じゃないか!」

「喜ぶのは早いな。見合う仕事をしてくれよ?」


 ダグマとリルの明るい声が遠ざかっていく。興奮したリルの態度をみると、どうやら鉄製の道具はかなり高価らしい。


(いいなぁ。手に職があるって)


 ダグマはリルが石工だと聞いて、即座に取り入る方向へと舵を切っていた。上下水道を直したいと話していた時から石工を求めているのはアデリーにもひしひしと伝わっていた。


(私もあんな風に歓迎してもらう人間になりたいわ。掃除だってそりゃあ誰かがやらなければならないけれど……私にしか出来ないことで、ダグマさんに喜んで貰えたらなぁ)


 掃除しか出来ない現状。リルほど重宝がられることは絶対にない。


 なんとなく、不要な人間になった気がして身動きが取れなくなった。


(もしも、ここの場所が評判になって、人が押し寄せてきたら、このままじゃ私は真っ先に追い出されるわ)


 暗く不気味な森の夜を思い出して、ゾクゾクと背中に寒気が走っていった。獣達の鳴き声も悪魔の囁きも、思い出すだけで血の気が引くのだった。

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