第13話薬師ロセ③

 今夜はキャベツで細切れ肉を包んだ物を野菜スープで煮詰めた料理で夕食だった。おまけに朝焼いたパンまでついていた。これは全てカリーナが作ったものだ。アデリーの家には料理人がいてなんでも作ってくれたが、味だけで言えば決して引けを取らない。カリーナの腕前に感嘆の一言だった。


「美味しい」


 元気になってきたロセも同じテーブルに着いていた。そしてカリーナの食事に満足そうにそう言った。完全に先を越されたアデリーは宙に浮いた賛辞をそのままに黙って咀嚼し続けた。


「そうだろ? 取っておいた野菜くずを麻袋に入れて一緒に煮込むんだよ。そうすると深い味になるんだ。それとロセがくれた黒胡椒、あれがいい仕事をするわけさ」


 アデリーもこの会話に混ざりたかったが、ここで口を挟んだらまた微妙な空気になるに違いないので黙って食べていた。塩漬けの肉は切れ端でもこんなに美味しく食べられるのだと知り感動していたが、それを伝えるのは明日になりそうだ。


「食事を作って貰ったし、食材も出してもらったんだもの。私も何か出さなきゃね」


 ロセの言うことは正しい。そして、アデリーだけが何も出せていないことを遠回しに非難しているのは気のせいではない。


「まだまだ暮らしは軌道に乗ったとは言えないんだし、しばらくは助け合えばそれでいいってもんよ。各自やれることをやるのがいいってこと」


 カリーナはそう言いながらアデリーの手を元気づけるように叩いた。心遣いは嬉しかったが、曖昧に笑みを浮かべるのが精一杯だった。食欲も萎んで美味しい食事が輝きを失っていった。


 そこまで黙って食べていたダグマが、ロセに聞きたいことがあると切り出した。


「ロセは元気になってきたようだが、どこの出身なんだ? 村が遠いならカルロに送ってもらわなきゃならんな。幸運だな、馬持ちが居て。今は居ないが」


 ロセはその話を待っていたようにダグマに告げる。


「私もここに住みたいの。部屋も余っているみたいだし、駄目かしら?」


 ダグマは持っていたパンを引きちぎって暫く手を止めて考えていた。


「駄目ってことはないが……」


 何か奥歯に挟まった物言いに、ロセは不満そうに唇を突き出して見せた。


「みんなは良くて、私だけ断るつもり? そんなのってないわ」


 ダグマの視線はロセを通り越してアデリーに向かっていた。アデリーはその視線の意味を掴み切れず、ただ成り行きを見守っていた。


「ま、そうだな。見たところ薬師らしいが──」

「ええ。ちゃんと自分で稼げるしみんなの手を煩わせることはないはずよ」


 ロセの発すること一つ一つがアデリーには棘のように胸に刺さっていく。自然と視線が落ちて、俯いていた。無力な自分が恥ずかしく、何もできないことが申し訳なくて仕方がない。視界が揺れていた。ここで泣いたら空気を乱すと必死にこらえていた。


「薬師ならな、そうだろうよ。ただ、ここはまだ住める状態とは言い難い。整えるまでは自分の仕事よりやらなきゃならんことが山ほどあるぞ」


 そこにカリーナが同調して、そうよと会話に入って来た。


「アタシだって本来は陶器屋なの。でも窯も掃除が必要だし、まだ材料も取りに行けてない。それなのに料理番だ。あんたも手伝ってくれなきゃね」


 ロセは「そんなのこの人にやらせればいいじゃない。何も手に職をもっていないんでしょ? 暇な人にやって貰えばいいと思うわ」と、生意気に言い返していた。アデリーは顔をあげなかったが、自分を指して言っていることは間違いのない事だった。


 とうとう居たたまれなくなって、アデリーは立ち上がった。


「あの、私……食欲がなくて。とっても美味しかったんですけど、ごめんなさい」


 誰の顔も見れずにそれだけ言い切ると、逃げるように部屋を出てしまった。これが子供染みた行動だとわかっていても、衝動を抑えることができなかった。







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