第8話陶器屋と大工③
その部屋を覗いてひと目でダグマがこの部屋を言っていたのだとわかった。
ベッドの枠がしっかり残っており、通路側に面したくり抜かれた壁には子供なら通り抜けられる程の大きな窓があった。これは崖を削った建物だからなし得たものだ。石を積み重ねた壁にここまでの穴を空けたら、崩れてしまう。その特大の窓には木の雨戸もしっかり残っている。
(ここが本当にお城だったなら、この場所は王の部屋に違いないわ。こんな立派な窓があるなんて)
開け放たれた木戸を閉めてみると、これもまた問題なくピタリとしまった。
(ここの部屋は立派だから最後まで人が住んでいたのかもしれないわね)
再びドアを開け放つと、壁に立て掛けてあったコキアを乾燥させたホウキを手に取った。
(藁をもらえるのかしら)
それとも買わなければならないのか、アデリーにはわからない。また笑われるかもしれないが、ここはダグマに聞いてみる他なさそうだ。枠があるたけで藁のないベッドでは、ベッドとは呼べない。
夏とはいえ、屋内はヒンヤリとしていて心地が良い。山をくりぬかれて作られているにしては感動するほど広かった。なんせベッドがあり、暖炉もあるのだ。それでもまだまだ奥行きがあるのだからテーブルだって置くことが出来る。
ふと自分の部屋を思い出し、胸を突かれたような鋭い痛みが走った。生まれてからずっと寝起きしてきた部屋。そこにもテーブルが置かれていて、母に読み方を教えてもらっていた。顔を上げると微笑んでいる母の顔、いつだって母は温かい眼差しを向けてくれていた。
「おい、手が止まってるぞ」
我に返り振り返ると、入口からダグマが藁を抱えて入ってきた。
「ほら、藁を持ってきてやった。これじゃ足らんだろうから何度か持ってくる」
「あの! お代は?」
「なんの?」
この反応からして、藁にお金を支払わなくていいらしい。まだ換金できていないから、払うとしたら宝飾品なのだが。
「今のは聞かなかったことにしてください」
何に幾ら払えば妥当なのかもさっぱりわからない。いや、宝飾品の換金の仕方もわからないし、この宝飾品の価値も知らなかった。
ダグマは木枠の中に持ってきた藁を一気に投げ入れて、服に付いた藁を叩いた。
「知らないことは聞けばいい。笑わないように心がけておこう。ちなみに藁は今のところ余っているからタダで構わない」
「まぁ! なぜ、藁の代金を聞こうとしたことをわかったのですか?」
両肩を竦めたダグマが「お前の思考がなんとなくわかってきたからな」と、言いながらまた来ると告げて出ていった。
悩んでいたり考えていたりするより、次の藁が届く前に部屋を掃きあげてしまおうと動き出した。とにかく今夜はベッドに横たわるのだ。なにがなんでもベッドを使って寝たい。
少し前まで当たり前だった些細な事が、今となると贅沢だったと思い知らされた。当たり前の様に身体を拭き清め、清潔な下着でベッドに潜り込む。今となっては夢のような日々だ。
一つずつ手に入れて、いずれ最終的には故郷に戻る。そんな目標を立てて気持ちを奮い立たせていく。
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