ベル・オリスト

「お待ちしておりました『ベル・オリスト』と申します。アイリンゼ家で執事をしております」


 無事に合流してバスに乗り込んだ俺達は、アイリンゼ卿の別荘がある山の麓で、使用人のベルに出迎えられた。

 因みに、ここまでバスに乗っていたのは、探偵と俺の二人だけだった。


「自警団のエルノルド・ワンズです。宜しくお願いします」


「私は探偵のシャルロット・ランベルだ」


 俺の後に続いた、探偵によるなんとも太々しい自己紹介にも、嫌な顔を一切見せないベル。

 名のある家の執事と言うことで、勝手に先輩程の年齢を想像していたが、見た目では俺と同じくらいに見える。


「申し訳ありませんが、今回招待状を送った『ウィリアム』様の到着が遅れております」


と頭を下げるベルから、主人の遅れを報される。


 ウィリアム・・・確か、養子だって噂の現当主の子供だたっか?

 そう言えば、迷探偵の迷惑性ばかりに気を取られて、誰に何故招待されたのかを全く把握していなかった。


「その辺りも含めて、登りながらお話しします」


 俺の表情から、急な代役で俺が何も聞かされていない(正確には聞いていなかっただけ)事に気づいたのか、ベルが登りながら説明してくれるらしい。

 ・・・登りながら。


「この山を登ると言う事ですか?」


 山を前に登ると言われれば、流石の俺でも何にとはならなかった。


「大変恐縮ながら、当家の自家用車は現在故障中でして」


 トレーニングで何度か山を登った経験から言うなら快諾し難い申し出だ。

 しかし今回の俺の仕事は、探偵の護衛と監視なので、探偵を置いて帰る事はできない。

 そして、その探偵は登山を前にしても引き下がるつもりは無さそうだ。


 斯くして、トレッキングを余儀なくされた訳だが、この探偵はずっと澄ました表情をしているが大丈夫なんだろうか。

 体力や経験の面での心配もあるが、何より心配なのはその格好だ。

 ドレスで登山なんて聞いたことがない。


「それでベル、先程の話の続きをしてくれ」


 俺の心配をは裏腹に、悠々と歩みを進める探偵がベルに話を戻す。


「来月にウィリアム様が16歳となり成人を迎えます。今回はその祝賀会にお招きさせていただきました」


 祝賀会?


「それにしては、人が少なく思えるが」


 俺の同じ疑問を探偵も抱いた様だ。

 貴族の開く宴会と言えば、言わばその家の権威の象徴で、どれだけ見栄を張れるかが勝負だ。

 少しでも良く見せようと、人を呼び、金をかける。

 まして嫡男の成人祝いともなれば、その規模はかなり大きくなるはず・・・


「いえ、歴とした祝賀会は成人の日に本邸の方だ開かれます。今回は前祝いの様な物でして、元々小規模な物をと思っていたのですが、お招きした数名の方もその・・・」


 少しぼかした言い方をするベル、何を隠しているのか俺には分からなかったが、どうやら探偵には察しがついた様だ。


「まぁ、当然だろうな。こんな所に来る様な物好きはそういない」


「そんな言い方をするなら、その物好き筆頭であるところのお前は、何をしに此処に来たんだ」


「私は、あの別荘に興味があってね。あの別荘では前に殺人事件が起きているんだ。アイリンゼ卿の、次期当主候補が捕まった事件、君は知っているかい?」


 その事件は知っている。

 アイリンゼ卿の次期当主争いで、最も愚かだと言われていた第一候補が殺され、第三候補が捕まり、結局、当時病床に伏せていた第二候補が当主となった事件だ。

 当時は、子供だったので知る由も無かったが、自警団員になってから、先輩から聞かされたのを覚えている。

 まさか、その現場だったのか。


「よくご存知ですね」


 何処か物憂げな表情を浮かべるベル。

 確かに、使える家の不祥事を掘り起こされていい気はしないだろう。


「しかし、探偵なら殺人事件の現場なんてものは、実家の玄関程に見慣れているんじゃないのか?わざわざ、こんな所まで見に来なくても」


「そうでも無い、殺人事件に関わること何て滅多にないし、外出する度に殺人事件に出くわす様なことは当然ないからね、見慣れる程は見たことが無いのが現実さ。それに、この事件はあまり捜査されて無いと聞いてね、興味が湧いたんだよ」


 件の事件は犯人が早々に自主したお陰で、捜査というほどの行動をしていないとは聞いていたが、それを調べた所で何になるんだ。


ーーー


 会話が弾んだのも中腹くらいまでだった。

 ベルは元々自分から語る事はなかったし、俺は途中探偵に押し付けられた荷物もあって疲労困憊、探偵も思いの外体力があった様だが、やはりドレスの所為で無駄に消耗したらしい。

 その結果、中腹以降はほぼ会話もなく、何とか別荘に到着した頃には既に夕暮れだった。


 別荘についてからは、ベルによる手厚いもてなしのなすがままにされている。

 長旅で疲弊しきっているんだ、今ぐらい厚意に甘えきろうじゃないか。


「君は、別に疲れていなくとも、厚意には甘えるタイプだろう」


「この短時間で、見透かした様な事を言うな」


「では、違うのか?」


 この短時間で、俺を見透かして来た迷探偵は、そんな事を言いながらも、一生懸命に口に食べ物を運んでいた。

 疲れていたのもあるだろうが、出てきた料理が驚く程美味しかったのも一因だろう。


 この日は、何もしないで直ぐに眠ってしまった。

 到着の遅れているアイリンゼ卿の嫡男からは、翌日改めて挨拶があるそうだ。

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