第6話

「お父さん…。」

仮眠室で目覚めた後、私は涙が溢れ出て止まらなくなるのをどうすることも出来ず、それと同時に突き動かされるように飛び起きて、父の棺の側に駆け寄った。

線香を絶やさないよう見張りをしてくれていた伯父は、棺の近くに置かれた椅子に腰掛けたまま疲れ切って、コクリ・コクリと眠り込んでいた。

線香を見ると、蚊取り線香型の物が残り少なくなっており、普通の線香も燃え尽きそうな状態になっていた。

慌てて新しく取り出した蚊取り線香型の線香に火を付けると、万が一の予備として普通の線香にも何本かまとめて火を付けた。

夢の中で少年が「決して炎を消さないでくれ! 頼んだよ?」と言っていた言葉は、きっと松明ではなく、線香の事だったんだなと気が付いた。

お通夜を無事に乗り切り、葬儀も終え、火葬場で最後のお別れをするときに、「線香の火は守ったよ。これまで育ててくれて、本当にありがとう。反発ばかりしてゴメンね。本当はずっと尊敬してたよ!」と小さく声をかけた。

本当は生きているときに言いたかった。

もっと素直に接すれば良かった。

ちゃんと向き合って話を聞けば良かった。

色々な教えを請えば良かった。

総ては後の祭りになってしまったけど、永遠のお別れの前に、ちゃんと言葉にする事が出来て本当に良かった。

父に聞こえたのかどうかは判らない。

でもきっと判ってくれていると信じてる。


葬儀が終わり、その後バタバタと様々な手続きを行う内に、あっと言う間に時間が過ぎて行った。

ようやく落ち着きを取り戻し、緊張が解けた頃、再び不思議な夢を見た。


気が付くと辺り一面が見渡す限りの美しい花畑になっており、背後には大きな森が見えている。

その森の先は下り坂になっており、どうやら暗くて恐ろしい危険な森を通り抜けた山の頂上に到着していたようだ。

周囲を見回すと遠くの小高い丘に、男の子とお爺さんが立っていて、こちらを見降ろしているのが見えた。


男の子を見た瞬間、これまでに感じたことが無いほどの深い悲しみに襲われた。

男の子は満面の笑みを浮かべて、静かに手を振っている。

あの少年が誰なのか、私は今ではハッキリ理解していた。

小高い丘を目指し、駆け寄ってその少年の側に行こうとした。

生前に伝えることが出来なかった沢山の感謝の気持ちを伝えたかった。

でも途中に大きな川が流れており、直感的に私はその川を越えることが、決して出来ないのだと悟った。

「おぉ~い! おぉ~い! ありがとう~!」

その少年は今では手を大きく振っている。

そのとても嬉しそうな笑顔を見て、私は耐えられないほどの悲しみに打ちのめされた。


『これが最後なんだ…。もう永遠にお別れなんだ…。ありがとう…。お父さん、さようなら…。』


溢れ出る涙、声にならない声、自然に漏れてしまう激しい嗚咽…。

でもその悲しみを振り切って、少年の姿をした父の声に負けないくらいの大きな声で叫んでいた。


「おぉ~い! おぉ~い! こちらこそ、ありがとう!」

小高い丘に立った少年が、ニコニコと素晴らしい笑顔で「さようなら~! ありがとう! さようなら~!」と両手を振りながら叫んでいた。

私も激しく泣きながら「さようなら~! さようなら~! 今まで本当にありがとう!」と両手を振り返した。

付き添いのお爺さんが、少年の肩にそっと手を乗せた。

少年がお爺さんの方へ振り向くと、大きく頷いて、私に背を向けゆっくりと歩き去って行った。

私はいつまでもその後ろ姿を目で追い続けた。


自分の流す涙と、大きな叫び声にびっくりして夢から目が覚めた。その日は父が亡くなってからちょうど『四十九日』の朝だった。

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