第5話

 シェリーが目を開けると、見慣れた天蓋が映った。

 王宮に与えられた自室のベッドの上らしい。


「お気づきになりましたか?」


 声の方に顔を向けると、いつもは厳しいマナー講師の労わるような視線とぶつかった。


「お可哀想に、シェリー様。どうかお気を強く持ってくださいね」


「先生?」


 シェリーはサミュエルから聞かされた話が夢だったと思った。


「私、授業中に倒れたのでしょうか? ご迷惑をおかけして申し訳ございません。すぐに授業の再会をお願いいたしますわ」


「いいえ、シェリー様。あなたには休養が必要です。王妃様はアルバート殿下が止めて下さっていますので、安心してお休みくださいませ」


 シェリーが小首を傾げた。


「何事ですの? アルバート殿下が王妃様をって……ごめんなさい先生。私、なにか変な夢を見てしまったようで、少し混乱しているのかしら。本当に申し訳ございません」


 講師が眉を寄せて悲痛な顔をした。


「どのような夢だったかお聞かせいただいても?」


 シェリーはフッと溜息を吐いた。


「口にするのも嫌なくらいの内容でしたわ。弟に招集令状が届いたとかイーサンが代わりに出征したとか。下らないでしょう? あり得ませんものね。しかもイーサンが行方不明になったってサミュエル様が……」


 シェリーが言葉を止めた。

 講師が抱きしめたからだ。


「シェリー様、どうかお気を強く、強くお持ちになって」


「先生?」


「どうか……どうか……すぐにアルバート殿下をお呼びいたしますわ」


 その言葉でシェリーは夢ではなかったということに気付いてしまった。

 シェリーの喉がひゅっと鳴り、心臓が引き千切られた様に痛んだ。

 その瞬間、ドアが乱暴に開きアルバートが走り寄ってきた。


「シェリー……ああ、シェリー。気が付いたんだね。可哀そうに」


 講師を押しのけるようにしてシェリーを抱きしめたアルバート。

 シェリーはまた気が遠くなり、暗闇の中に落ちて行った。


「母上には…………てくれ」


「でもっ!それでは…………」


「頼むよ…………」


 シェリーは微かに聞こえる声に反応するように目を開けた。


「殿下? アルバート殿下ですか?」


 アルバートが駆け寄りシェリーの手を握った。


「シェリー……可哀そうに」


「殿下?」


「今日はゆっくり休みなさい。母上には少し休養が必要だと言ってあるから心配はいらないよ」


「でも……」


「大丈夫だ。時間はたっぷりあるさ。それにシェリーの優秀さは講師のお墨付きだからね」


 シェリーは一度俯いてからアルバートを見上げた。


「殿下、どうぞ本当のことをお話しくださいませ。覚悟は……できております」


 アルバートは握っていたシェリーの手をゆっくりと撫でた。

 そして振り返り、全員を退出させた。


「シェリーは強い人だ。噓は嫌いだし、誤魔化しも通用しない。だから君が望むなら私が真実を伝えよう。どうする? かなり辛いと思うけど」


「……知りたいです」


「わかった」


 アルバートはベッドからシェリーを抱き上げ、ソファーに座らせた。

 手ずからお茶を淹れテーブルに置く。


「あのね、シェリー。君の婚約者だったイーサンは……おそらく帰っては来ない。死体は見つかっていないが、生きている可能性は低いだろうとのことだ。なんせ大きな戦闘で、双方とも甚大な被害を出している場所だったからね」

 

 シェリーの目を見ながらアルバートが続ける。


「イーサンは戦闘中に敵兵に囲まれたそうだ。彼は相当強かったのだろうね。何人にも囲まれているのに鬼神のごとく剣を振るっていたそうだよ。その間に仲間を逃がすつもりだったのだろう。彼は自分に敵兵を引き付けたまま、敵陣の方角へ走ったんだ」


「イーサン……らしいですわ……本当に彼らしい……」


「ああ、本当にそうだね。彼は学生の頃からとても正義感の強い奴だった」


「殿下は学園で同級だったのですよね?」


「ああ、同級だし仲も良かったよ。私の周りには媚を売る奴らも多かったけれど、彼はいつも本気で私に接してくれていた。僕はね、君たちの婚約を心から祝っていたよ。僕はローズと結婚し、イーサンは君と結婚する。そんな当たり前が……こんなにも脆いなんて……思いもしなかった」


「殿下……」


「僕は覚悟を決めようと思う。シェリーには皇太子妃になってもらいたい。そしていずれは王妃のティアラを贈るつもりだ。君も覚悟を決めてくれ」


 シェリーはアルバートの言葉に、身動きができなかった。

 無理やり連れてこられたあの日から、もしかしたらと覚悟はしていたつもりだったが、どうやらまだまだ甘かったようだ。

 イーサンが居ない今、シェリーにできることは国に尽くすことだけだ。

 彼が命を懸けて守ろうとした国の礎になることが、今の自分にできる精一杯の弔いなのだとシェリーは思った。


「殿下、辛い話をさせてしまって申し訳ございませんでした。殿下の覚悟、しかと受け取りました。私も覚悟を決めます。殿下を心よりお支えいたしますわ」


「ありがとう……ありがとうシェリー。千人の味方を得た気分だ。君の覚悟に、私は誠意で応えよう。君という妻を大切にし、生涯慈しむと誓うよ」


「お心遣いに感謝致します。私は殿下を信じてついて参ります」


 二人はしっかりと抱き合った。

 シェリーを離したアルバートは、立ち上がって言った。


「では、私は行くよ。今日はちゃんと休みなさい。そして心ゆくまで泣きなさい。邪魔はさせないから」


 頬に一つ触れるだけのキスを落として去って行く夫の姿を見送りながら、シェリーは静かな涙を流し続けた。


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