第7話 薬茶を作ります

「セシリア、少し来てくれるか?」

 朝食の片づけを終えた私のところにやってきて、オズ様は私を連れ出した。


 真冬の冷たさも日差しの下では心地良く感じて、思わず大きく深呼吸する。

 連れてこられたのは屋敷のすぐ裏、木の柵に囲まれた広い庭園。

 冬だというのにこんなにも綺麗に花が咲いて、草も艶やかに生い茂ってるなんて……。


「こんなに寒いのに」

「柵の中に入ってみなさい」

「柵の?」


 言われるがままに入り口から柵の中へ入ってみると、春の陽気の中にいるかのような暖かさが私を包み込んだ。


「あったかい……。なんで……?」

「炎の魔法と風の魔法を融合させて、この柵の中だけを春の陽気にしている。このエリアの花や薬草は、寒さに弱いからな」


 色とりどりの花に紛れて生えている妙な形の草たちは薬草だったのか。

 そういえば厨房にもおかしな薬草がたくさんあったわね……。


「少し作りたい薬茶がある。材料を摘むのを手伝ってもらえるか?」

「え? あ、はい!! もちろんです!!」


 この屋敷は基本掃除は魔法でオズ様がしているらしく、私の出番はない。

 今までずっと家で何かしら仕事をしていた私は、時間の使い方というものもわからず次は何をしようか困っていたところだったから、ちょうどいい。


「ありがとう。じゃぁ君は、そっちの花びらをこのバスケットいっぱいに取ってもらえるか?」

「はい。任せてください」


 私はオズ様からバスケットを受け取ると、せっせと指定された紅色の綺麗な花びらを丁寧にとっていく。

 不思議とほんのり暖かい花びらは、甘い匂いに混ざってほんのりスパイスのような香りもする。

 世の中にはこんな不思議な花もあるのね。

 狭い屋敷の中で生きてきた私にとっては、とても新鮮だ。


 あっという間にバスケットの中は紅色の花びらで埋め尽くされた。


「綺麗……。オズ様、とっても不思議なお花ですね」

「あぁ。それは陽々花ようようばなといって、この森の中でしか咲かない花だ。それを乾燥させて煎じて飲めば、身体の内側からじんわりと温めてくれる。俺が摘んだこの草には鎮静作用もあるから、合わせたものを飲めば病の症状を和らげてくれるものになる」

「ほぇ……すごいです……」


 領民のためにここまで自ら動いてくれる領主がいるだなんて。

 しかも王家に縁のある名門公爵様が。


 私は今朝の朝食でのことを思い出す。


 美味しいと喜んで完食してくれた時のあの笑顔。

 あったものだけで手間をかけずに作った、公爵家にしては質素な朝食だったはずなのに、皆、とても喜んでくれた。

 不思議な人たちだ。


「こっちに来てみなさい、セシリア」

 すぐそばのガゼボへと案内されると、テーブルの上にはすり鉢に擦り棒が用意されている。


「これは……」

「まず、さっき採った花びらと草を魔法で燻して乾燥させる」


 言いながらオズ様は目の前のバスケットいっぱいの草花に手をかざし、魔法を注いでいく。

 暖かい風、ということは、炎と風?

 そういえばさっきも炎と風の魔法を融合させてるって言ってたけど……。


「あれ、でもオズ様の属性って、水と風じゃ……?」

「俺は全属性魔法持ち《オールエレメンター》だからな。光と闇以外のすべての魔法属性を使うことができる」

「全属性魔法持ち《オールエレメンター》!?」


 そんな人が存在するだなんて……。

 さすが悪い魔法使いさんだわ……!!


 炎と風の魔法によって、あっという間に綺麗にドライ加工された花びらと薬草が、一つのバスケットに収められた。


「できた。あとはこれを少しずつ擦り崩していく。手伝ってもらえるか?」

「はい!!」


 ぱらぱらと乾燥させた花と草をすり鉢へ投入し、ズリズリと擦っていく。

 前世でよく料理に使っていたから、擦り棒がなんだか手になじむ。


「そういえば、まる子たちはどこでしょう? 朝食の後から姿が見えませんが……」


 ズリズリズリ。


「まる子? あぁ、彼らなら、町の様子を見に行ってもらっている。普通の病とは症状が違ったり、重症者などがいれば知らせるように言っているが、今のところは知らせもないし、この薬茶だけで事足りるだろう」


 ズリズリズリ。


「二匹のことは町の人も?」


 ズリズリズリ。


「知らない。そもそも彼らは……いや、俺たちは、人を好まないし、人と関わろうとしないからな……」


 ズリズリとした音が一瞬止まって、ふとオズ様を見上げれば、手を止めて少しだけ寂しげに瞳を揺らしていた。


「オズ様……?」

「あ。あぁ。できたな。そのぐらいでいいだろう」


 私とオズ様のすり鉢の中で粉々になった茶葉を一つのバスケットへ再び移しこみ、オズ様は自身の手のひらをそれにかざした。

 暖かい光が溢れ、きらきらとした光の粒子が茶葉へと吸い込まれるように入っていく。


「できた。これをもって町へ行くぞ。セシリア、君もついてきなさい」

「あ、は、はい!!」


 バスケットを腕に抱え席を立つオズ様の後ろを、私は急いで追いかけた。








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