第3話 悪い魔法使いと魔法薬茶

「君は……誰だ?」


 月明かりに照らされる黒曜石の如き漆黒の髪。

 赤く滴る果実のような美しい瞳。

 黒ずくめの服にマント──。


“裏の森にはね、こわーいこわーい魔法使いがいるのよ”

 

 お姉さまの言葉が再び脳裏に過る。


「あなたが……悪い魔法使いさん、ですか?」

「──────は?」


 まずい。直球すぎたか!!

 しかも初対面の人に向かってこれは、違った場合失礼すぎる!!


「あ、す、すみま──」

「まぁ、そうかもしれないな」

「は?」


 慌てて謝ろうとしたらまさかの肯定をされてしまった……。


「君たちがそろって一緒にいるということは──彼女が例の?」

 男性がカンタロウとまる子に視線を向けると、二匹ともニッと笑ってうなずいた。


 例のって!?

 私のこと、何か言ってたの!?


「彼女がオズに用事があるってことだから、連れて行こうとしていたところだよ」

「用? ふむ……。わかった。俺も君には興味があった。一緒に来なさい」


 差し出された白い手。

 手を取ればいいんだろうか?

 いやでも、私なんかが手を取っていいものか。

 もしかして、連れて行ってやるから金銭を、ということ?

 だとしても私、無一文だし……。

 私はそれをどうするのが正しいのかがわからず、じっとそれを見つめると、男性は困ったように笑った。


「手を。もし立って歩けないようならば、俺が担いでいくが……」

「かっ!?」


 私が米俵のごとく担がれる図……いや、ビジュアル崩壊すぎる……。

 米俵といえば、なんだか無性に米が食べたい。

 前世を思い出したからだろうか、日本人としての血が騒ぐ。

 うん、来世に期待しよう。

 来世はきっとおいしいお米を作るお米農家に生まれるはずだ。


「あらオズ、『仮』にも女の子なんだから、お姫様抱っこぐらいしてみたらどう? そんなだから彼女の一人もいないのよ」

「仮を主張しなくても……」


 仮ではなくれっきとした十七歳の女の子です。えぇ。


「いない、じゃなくて、いらないんだ。そもそも人間なんて好きではないし」

 ぶーぶーとカンタロウのお小言に耳をふさいで煩わしそうにする男性は、そう言いながらも私の膝裏と背中に腕を回して、軽々と私を持ち上げてしまった。


 これはもしや、そのお姫様抱っこ、というやつ──!?

 私なんぞが……!?

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「ん? 何を謝っている?」


 間近で見るその綺麗な顔に、ドクンと鼓動が大きく跳ねる。

 まつ毛長っ!!

 肌キレイ!!

 何なのこの人!?


「うあぁぁぁぁあああ!! 目が……!! (美しすぎて)目がつぶれる!!」

「君は俺に何か恨みでもあるのか……?」


 無理だ。

 こんな透明感のある美しいお顔、見慣れていないもの!!

 私がギュッと目をつむると、頭上からはぁ、とため息が一つ落ちた。


「とにかく、行くぞ。しっかり俺につかまっていなさい」

 そう言うと、男性は私を抱きかかえたまま、森の奥へと歩き出してしまった。


***


「──ついた」

「わぁ……」


 鉄の門を通ってしばらく広い敷地を進み、連れてこられたのはツタが絡まる大きなお屋敷。

 まるでどこかの高位貴族かのような広大な敷地と屋敷に、私は思わずごくりと息をのんだ。


「あ、あの、ここって……」

「あ? あぁ、ジュローデル公爵家。俺の家だ」

 ジュローデル公爵家……って……。


「えぇぇええええええええええ!?」

「うるさい!!」

「あ、す、すみません!!」


 つい抱きかかえられた状態で男性の耳元で大きな声を上げてしまった。

 だけどこれが驚かずにいられるだろうか。

 あの名門中の名門、ジュローデル公爵家のお屋敷なんですもの、驚かない方がおかしい。


 私なんかのような世間から隔離された人間でも、名前はよく知っている。

 たしか、かつて王家の姫君が降嫁した王家に連なる家で、だけど国の大切な行事や重要なパーティ以外には滅多に姿を現さないのだという。

 まさかこんなところに屋敷があるだなんて……。


「この家に人が来るのは……何年ぶりだろうな」

「僕の記憶する限りだと、二十年ぶりだね。オズ」

「二十年、か……」

 そうつぶやいた男性の顔が陰ったように見えたのは気のせいではないだろう。


 そのままの状態で屋敷へお邪魔し、通されたのはソファと机が中央にセットされた広間。

 ブラウン調の家具にはちみつ色の壁紙が落ち着いた雰囲気を演出している。

 男性は私をゆっくりとソファへ下ろすと、自分は向かいのソファへと腰を下ろし、机の上に用意されていたポットを手にカップにお茶を注いでいく。


「ちょうど茶の準備をしていたところだった。少し冷めたが、飲みなさい。頭の中がすっきりするだろう」

「は、はい。すみません。あの、いただきます」


 進められるがままにカップを手にし顔を近づけると、スーッとしたミントのような香りが鼻を通っていった。

 誰かが淹れてくれたお茶を飲むだなんて、何年ぶりだろうか。


 ごくり、一口口に含むと、口の中はさわやかな風味が口いっぱいに広がり、自然と「ふぅー……」と息が漏れた。


「すごい……。なんだかすっきりする……。身体が軽くなったみたい……」


「身体が軽くなった、か。まぁ、たしかにそうかもしれないな。これは月影草つきかげそうという新月の夜にしか咲かない花の花びらから作った、薬茶やくちゃだ。それに俺が氷魔法と風魔法を組み込んだ。温かいのに口の中でひんやりとしたものが広がっただろう? あれが魔法の効果で、魔法を組み込んだ茶のことを魔法薬茶という」


「魔法を組み込む、魔法薬茶……」

 あらためてカップの中を覗き込んでみても、見た目は普通のお茶にしか見えない。


 魔法というものを使える人が、前世とは違ってこの世界には存在する。

 特に貴族であれば、火、水、土、風、雷のうちの一属性を操ることができ、その中でもしっかりと安定した魔法を繰り出す者が魔法使いとして認定される。

 そんな魔法使い達が、電気機械のないこの世界でのエネルギ―となる魔石を作っているのだ。


 一属性だけでも珍しいそれを、二属性も?

 さすが悪い魔法使いだわ。

 ローゼリアお姉様は光魔法を使うことのできる唯一の人、聖女だ。

 七歳の誕生日に行われる魔力測定式。

 お姉様が魔力測定の石に近づいた瞬間、確かに測定の石が白く輝いたのを、私はこの目で見た。


「俺は生まれつき魔力が強いから、時々発散させなければ魔力あたりを起こしてしまう。だから発散がてら魔法薬茶を作って、この森を抜けてすぐの領地の領民に配っている」

「この森の向こうに、領民が……?」


 知らなかった。

 この森の向こうなんて地図に載っていないのだから。

 ただひたすらに続く森を抜けるともうそこは断崖絶壁で、広い海が広がるのだと聞いていたし、そもそも森の中になんて怖くて入ろうともしなかったから、森の奥のことなんて考えたこともなかった。


「で? 君はどうして俺を探していた? 魔法薬茶を知っていて求めに来たってわけじゃなさそうだし……。話してもらえるだろうか?」


 赤い瞳が鋭く光る。

 私を見極めている、そんな目だ。

 嘘をついてもすぐにわかってしまうような……。


 私はごくりと喉を鳴らしてから、すぐにその赤い双眸をまっすぐに見つめ返し、ゆっくりと口を開いた。




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