第16話 義姉の状況


「そういえば、ソフィリア様のお姉様は、大変優秀ですってね。お姉様は、ご自宅ではどんな感じなのですか」


ミリーア様にそう聞かれて、なんと言ったらいいのか戸惑った。

あの観察者のような眼差しが頭に浮かんだが、それ以外の義姉を思い描けなかった。


彼女は、どんな生活をしていただろうか。一緒に机を並べて勉強をしているときも、冷静で賢い才女だった。感情的なシーンを見た覚えが殆ど無い。

最初の顔合わせの時ぐらいだろうか。あの時は苦々しい顔で睨み付けられた。でも、いつの頃からか、殆ど無表情の彼女と接していた。


そういえば去年、義姉は家には戻っていなかったと思う。私自身もギルドに、勉強に忙しかったが、義姉が帰っているという話を耳にしなかった。

もともとここ何年も一緒に食事をしていないから、一緒に勉強をしているときにしか顔を合わさなかった。


母が何か画策しないように、使用人などには話をしていたが、料理人のカルロスは何も言ってなかったから、やっぱり帰っていない気がする。


考えてみれば義姉は、まだ13歳だ。家族なのにお互いに余所余所しい。私には前世で子供時代を経験してる。


普通の家庭で、家族で食事するのは当たり前で、一緒に出かけたりもしたし、親子喧嘩もした。そういう記憶があるから、家族とは思えない家族の中で育っても、なんとかやっていけている。いや、今の家族を家族として認識していないのかも知れない。


だから、今世でこんな生活をしててもへこたれないのだろうと思う。今の両親の応対については、どこか他人事のように感じている。だが、彼女はどうなのだろうか。


あれは、本当に観察者の目だったんだろうか。義姉とのことを、ゲームの設定だからと思い込んでいなかったと言えるだろうか。

本物の義姉をちゃんと見ていただろうか。


黙り込んだ私に、ルフィネラ様が困ったような表情を浮かべている。何か答えなければと、するりと口から出た言葉は、


「学園へ入学する前は、一緒に勉強させて貰いました。その頃から、賢い人だとは思いました。

でも、それ以外では家でも、殆ど顔を合わすことはありませんでした。去年、長期休暇も家には戻ってきませんでした。

私は、義姉おねえさまがどんな人なのか、わかりません」

嘘はつけなかった。

「そうなの」

「ご家庭の事情は、それぞれですものね」



 それ以降、彼女たちから私の義姉に関する質問などは無くなった。

ただ、義姉が学園でどうしているのかという事は時々話題になる。なんといっても同学年に王太子や宰相の息子など並みいるご子息・ご令嬢を寄せ付けず、ずっと学年1位を保持している男爵令嬢だ。


王太子殿下の婚約者であらせられるエリカセア公爵令嬢とも同室で仲が良いときている。学年も一つ上だし、噂が聞こえないはずはない。


授業のダンスのパートナーに何人もの男子に申し込まれたとか、推薦をもらって学院に進むことを勧められたとか。

義姉はとても控えめで慎み深く、周囲からは人気なのだとか。そんな人が姉であることが、ちょっとだけ誇らしかった。あの話を聞くまでは。


一番の衝撃的な噂は、義姉が奨学金を貰っているという話だった。

「奨学金を貰っているって、男爵様おとうさま義姉おねえさまの存在を忘れているとは、思えないのですが。本当のことならば、一体何故」

学園に問い合わせると、確かに義姉は奨学金を貰っているという。


「学費については、支払われています。それ以外の経費費用については、何度も連絡をしたのですが、ご返信頂けておりません。そのため貴方のお姉さんに特待生になることを勧めました。非常に優秀な方ですから、奨学金の申し込みについては全く問題ありませんでしたので」


事務の人の話を聞いて、愕然とした。

「ああ、貴方については問題はありません。きちんと経費費用の振り込みがありますから」


事務の人には非常に冷たくそう言われた。とても、とても恥ずかしかった。

学園には、授業料以外に、様々な道具の購入や食事等について、別途経費として支払う必要がある。この経費は、毎月振り込むことになっており、余剰分は個人経費としてプールされる。そのため、多くの家では請求額以上を振り込んでいるという。


授業などで使う必要な道具、例えばダンスの授業のドレスやヒールなどについて、親から直接送られてくる場合もある。そうでなければ学内の購買で購入することが出来るようになっている。


学内で購入した物品については、プールしてある経費からの支払いとなるのだが、その個人経費が家から入学当初以降、振り込みが無いというのだ。しばし、茫然として

「家に連絡を取ってみます」

と答えるのがやっとだった。


早速、男爵様宛に手紙で連絡をとってみたが何も返信が無い。何度か送ったが梨の礫だ。これは、母の嫌がらせに違いないと確信した。こうなれば直接男爵様に交渉するしか無いのだが、学園は王都から離れていて、すぐに帰宅する事は出来ない。


こうなると次の長期休みで家に帰るので、その時に男爵様に交渉するしかないだろう。母は、判っているのだろうか。これでは男爵様の顔を潰すようなものではないか。


義姉が家へ帰ってこないわけだ。こんな扱いを受けているなんて。

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