第34話 ランス 合流

 ふぅー。

 間一髪のところで何とか間に合ったと安堵する俺に、


「な、なぜまだ貴様がいるんだ、ランス・ランナウェイ!」


 自らの手を汚すことを嫌がるか、ただ臆病者かはさておき、卑怯にも隠れるように立ち尽くしていたセドリックが声を上げた。


「何言ってんだよ。しばらくの間ずっと一緒にいたろ?」

「は……一緒? 何のことだ!」


 一驚に目を見開く間抜け面のセドリックに、いちいち説明してやる義理はない。


「大丈夫か、レーヴェン」


 俺は彼女に振り返った。


「ランス、なぜ……なぜお前がここにいるのだ」

「あー、うん。だってほら、まだ返事聞いてなかったから」

「へ、返事…………はっ!?」


 顔を赤らめるレーヴェンは、何かを思い出したようにあわあわとしている。とても可愛い。


「やはり、あの時のはあなたでしたか」


 長いため息をつくメイド長が俺を見て、流れるようにブランキーに視線を向ける。

 先程の叫び声で、メイド長はブランキーが使い魔であることに気付いてしまったようだ。それゆえ、彼女はレーヴェンのことを俺に託し、自身はメイドたちの救助に向かったのだ。


「詳しいことは後程、しっかり説明していただきます」


 瀕死の重傷を負っているにもかかわらず、メイド長はキリッと俺を睨みつけた。

 控えめに言って、相当怖い。


「まるで助かったかのような物言いだな。言っておくが、そんな弱小国の王子が一人で現れただけで、状況は何も変わらないからな」

「秒で果てる愚か者が、我が主に対し何とも無礼」

「あー! メスに三擦り半とバカにされていたのはお前のことだったかにゃ!」

「なっ、なんでそのことを知ってるんだ!? じゃなくて、なんだその失礼な鴉と猫はッ!」


 驚きに喉を震わせたのはセドリックだけでない。まさかの「愛猫」ランスが言葉を発したことに、レーヴェンは長いまつ毛を何度も鳴らしている。


「ラ、ランスお前喋れたのかっ!? ハッ!? じゃなくて……ラ、ランスゥー」

「………」


 俺は特に何も言っていないのだが、レーヴェンは急いでブランキーの名前を訂正していた。


「わ、私の猫の名だ! ランスではなく、ランスゥーだからな!」

「あ、うん」


 俺は少し恥ずかしそうに頷いた。


「ランス殿が駆けつけてくれたことは心強いですが、しかし、この数はかなり厄介ですな」

「ハーネス、お前はまだ動くな。しっかり脚を縛って安静にしていろ。この程度私がっ……うっ」


 強がっているけど、レーヴェンも相当辛そうだ。


「無理をするな。レーヴェンも休んでいて構わない」

「しかしっ!」

「俺を信じろ!」


 にっこり微笑むと、そこでレーヴェンは逡巡し、「わかった」と頷いた。


「弱小国の王子がなめるなよ。やってしまえポパス!」


 だが、ポパスと呼ばれた褐色の男はすり足で後退していた。


「何をしているのだ、ポパス!」

「こいつは危険だ。一度引くべきだ」

「バカを言うなっ! あと少しでレーヴェンを仕留められるんだぞ」

「だが、先程の動き、あれはただ者ではない」


 ポパスという男はやはり中々の実力者のようだ。先程のわずかな剣戟で、俺の力量を測ったようだ。


「ええーい、もういいっ! そこを退けッ! こんな弱小国の雑魚、帝国聖騎士団所属、セドリック・サンダースの敵ではない」


 腰から剣を抜くセドリックは、俺たちを取り囲む兵に指示を出す。どうやら一斉に攻めてくるつもりのようだ。


 しかし、所詮数十人。

 剣帝の弟子たる俺には敵ではない。

 申し訳ないが、眠っていても負けるつもりはない。


「殺れッ!」


 夜にセドリックの声が花火のように爆発し、鬨の声を上げた兵たちが一斉に武器を突き出して襲ってきた。


「仕方ない」


 俺はその場で腰を深く落とし、腰の横に剣を構えた。そのまま軽く真上に跳び、身をひねりながら剣を振り抜いた。


 ただそれだけで、セドリックを含む男たちの上半身が、下半身から切り離されてしまった。

 圧倒的な一振りから繰り出された風圧はかまいたちの如く、音もなく標的を切り裂いた。


「……っ!?」


 唯一無傷なのはポパスだった。

 彼だけが身を屈めて攻撃をかわしていた。


「なんだ、今のはっ!?」

「さすがランス様です!」

「なんと!? 風圧だけで敵を切り裂くとは……」


 レーヴェン、ハーネス、そしてテレサたちメイドが歓喜の声を上げる中、


「やはり実力を隠していたのですね、ランス!」


 メイド長だけが少し怒っているようだった。


「うっ……あぁ、あああ、脚がッ、俺の脚がぁああああああああああああああ!?」


 意外としぶといセドリックは、腕の力だけでナメクジのように地を這っていた。懐に手を伸ばし、無理矢理ポーションを喉の奥に流し込んでいく。胴体から切り離された下半身に手を伸ばす姿は、実に往生際が悪い。


「もう終わりだ、セドリック」

「嫌だ、いやだぁッ! 俺は帝国が誇る聖騎士なんだぞ、子爵家の嫡男なんだっ! こんなことが許されるわけがない」

「帝国の子爵を俺が殺したとなれば、たしかに本来ならば戦争になるだろうな。でもな、お前らは誰を暗殺しようとしたんだ?」

「……!? お、俺は命令されただけだっ! う、嘘じゃない!」

「多分だけどさ、シュナイゼルはお前が殺されたことも有耶無耶にするだろうよ。死因は落馬。ま、そんなところじゃないか? つまり、お前は利用されただけ。ただの捨て駒なんだよ」

「俺が……捨て駒? ……ふざぁっ―――」


 まだ何か言おうとしていたが、これ以上話を聞いてやる理由もない。何よりウザいので脳天からトドメを刺した。


「で、貴様はどうする」

「――――ッ」

「ちょっと潔すぎだろ」


 かなわないと悟ると、ポパスは自分の喉を湾曲刀シャムシールで切り裂いた。


 主君を裏切るくらいならば死を選ぶ、か。

 どっかの聖騎士とはえらい違いだな。


「ランス……」

「話はあとだ」


 俺はレーヴェンたちを安全な場所に避難させ、彼らの治療を行った。


 レーヴェンは轟々と燃える屋敷を呆然と眺めていた。

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