第30話 シルバーウルフと黒の魔導師
「奇襲だと!?」
拠点に戻ろうとする途中、ブランキーからの予期せぬ報告に、俺は驚きを抑えることができなかった。
「奇襲とはどういうことだっ! 詳しく話せっ!」
本当は自分の目で状況を確認するため、すぐにでもブランキーと精神融合を行いたかったが、生憎ながらここは森の中だ。精神融合を行えば、当然俺は自身の肉体から離れることになり、その間は無防備な状態になってしまう。森には猪や凶暴な狼などが多く生息している。ここでの精神融合はリスクが高すぎると判断した。
『屋敷の裏、北西の方角からシルバーウルフってのが突然襲って来たんだにゃ』
「シルバーウルフだと!?」
北方の雪山に住む珍しい種類の狼だ。
「なんでそんなのがいるんだよ!」
『上空に魔導師らしき男を確認したにゃ!』
「魔導師だと!?」
セドリックが監視されていると考えたシュナイゼルが、密かに別の部隊を派遣していたと考えるべきか。
『にゃも戦いに加わるかにゃ?』
「待て! 判断はこちらでする。それまではあくまで一般的な猫だ」
『了解にゃ』
俺は森を駆けながら千里眼を発動させ、焦点をレーヴェンの屋敷に合わせた。
「いた!」
屋敷の裏手には、血まみれのメイド長の姿があった。テーブルナイフを握りしめる彼女の足元には、二メートルを超えるシルバーウルフの死骸が転がっていた。
状況から察するに、メイド長がこの獣を討ったようだ。
近くには負傷したメイドもいた。シルバーウルフに腕を噛まれたらしく、出血していたが、幸いにも命に別状はないようだ。テレサが手当てをしており、状態は安定している。両脇にはライフル銃を構えたメイドたちが立っており、山から下りてくる別の二頭のシルバーウルフに照準を合わせていた。
バンッ! バンッ!
火花を散らすような短い銃声が2回響き渡り、弾丸は金属音を伴って乱れ飛んだ。
「外しました!」
「こっ、こちらも外してしまいました!」
「慌てず、次弾装填を行いなさい」
「かしこまりました!」
「了解です!」
相変わらずメイドとは思えない冷静な判断のロレッタは、迫りくる二頭のシルバーウルフから目を離すことなく、上空に漂う黒ずくめの魔導師を警戒している。
「状況はどうなっている!」
そこに凛々しくも鋭い声音が響いた。
美しい夜のような黒髪を風になびかせたレーヴェンが、颯爽とロレッタたちの元に向かってきた。彼女に付き従う形でハーネスもいた。普段とは異なり、彼の腰には剣帯が装備されていた。
「北西の方向にシルバーウルフが2頭、同方角の上空には、魔導師らしき人物一名を確認しております」
「上空か、厄介だな」
「では、あの者は私が」
「うむ。ハーネスはメイドたちの護衛を頼む」
「殿下は?」
「
その頃、俺はようやく穴蔵に到達し、すぐにハンモックに飛び乗って精神融合を開始する。
「(現在の状況は?)」
「(レーヴェンがシルバーウルフを迎え撃つところにゃ)」
腰に佩くサーベルを抜いたレーヴェンは、赤い瞳を妖しく光らせながらゆっくりと前進する。前方からは2頭のシルバーウルフが、銃を警戒するようにジグザグに走ってくる。
「(あれじゃ、メイドたちの銃は当たらないにゃ)」
メイドたちは威嚇のために銃を構えているが、レーヴェンが前に出た今、引き金を引くことはないだろう。実際、メイドたちは引き金から指を離していた。
ハーネスはメイドたちを守護するようにどっしりと立ち、執事とは思えないほどの闘志を燃やしている。その姿はどちらかというと、傭兵に近かった。
「(来るにゃ!)」
立ち止まったレーヴェンへと、大地を蹴ったシルバーウルフが飛びかかった。
「人間無勢が、噛み殺してくれるわァッ!」
「――――」
低く荒々しい声が響くと同時に、レーヴェンはシルバーウルフの凶暴な牙を巧みにかわした。その瞬間、彼女の剣が素早く振り下ろされ、鋭く輝いた。
刹那、地面を蹴り上げたシルバーウルフは無慈悲に地に叩きつけられ、まるで捨てられたかのように崩れ落ちた。レーヴェンはすれ違う瞬間、目にも留まらぬ速さでシルバーウルフの体躯を横一文字に斬り裂いたのだ。
「――ッ!?」
その圧倒的な剣を前に、もう一頭のシルバーウルフは一瞬驚き、急速に方向を変えた。レーヴェンから距離を取り、大きく弧を描きながら、彼女の隙を突こうとしている。
「(お前ならどうする?)」
俺は今後の戦闘を考えて、ブランキーに尋ねた。
「(一にも二にも逃げるにゃ!)」
この臆病猫がと思ったが、
「(正解だ)」
ブランキーやシルバーウルフ程度では、レーヴェンには敵わない。引き際を見極めて速やかに戦線を離脱。わずかでも情報を持って帰ることの方が大切だ。
では――
「(逃げ切れない、そう判断した場合は?)」
「(まずは距離を取り、できるだけ時間を稼ぐにゃ。その間に少しでも、御主人様ににゃが得た敵の情報を知らせるにゃ)」
「(上出来だ)」
――戦場で最もしてはいけないことは何か分かるか?
いつかの剣帝の問いが脳裏をよぎる。
――無駄死にだ。
敗北を恥じることはない。
人は生きていれば何れは負ける。
師匠でも?
当然だ。
大切なのは、その敗北に意味を持たせられたかどうかにある。
なにより、仲間のために命を捧げられる奴はカッコいいだろう?
「(どうせならカッコよく死にたい……か)」
今ならなんとなくだが、わかる気がする。
「死ねぇッ――――!」
生き急いだシルバーウルフは高らかに叫び、その生涯に幕を閉じる。彼の死に意義があったのかどうかは分からない。
ただ、戦況を見極められない愚かな主人に仕えていたことを、不憫に思うだけだ。
「くそっ、この役立たずどもめッ」
使い魔の死に悪態をつく魔導師に、同じ使い魔を使役する者として嫌悪感を覚える。
「安心なさい。あなたもすぐにあとを追う運命なのですから」
「メイドの分際で飛空魔法を扱うとは……。だが、その程度で図に乗るなっ」
魔導師の多くは近接戦闘を不得意とする。そのため、魔導師が単独で戦う場合、使い魔が前衛を担う。魔導師は敵から離れ、中距離または遠距離からの攻撃や支援を行うのが通例だ。
――どさっ……。
バンッ! バンッ! バンッ!
肉の塊が地面に叩きつけられると、用心深いメイドたちが念のためと言わんばかりに、容赦なく鉄を撃ち込んだ。
この愚かな魔導師の敗因は、上空からの攻撃に対する警戒心が足りなかったことにある。
まさかメイドが飛空魔法を使い、テーブルナイフで接近戦を仕掛けてくるとは、夢にも思わなかったのだろう。
「ひどい有様だな」
魔導師の外套を取り、死者の顔を確認すると、レーヴェンは不快感をにじませた。魔導師は素性を隠すために、顔の皮膚を焼いていたのだ。
「これでは特定は難しいですね」
「端からその必要はない。どうせ弟たちの誰かだろ。くだらん」
そう言って踵を返すレーヴェンは、負傷したメイドの元へと移動した。
「ポーションはまだ残っているか? あるならすぐに飲ませてやれ」
「かしこまりました」
レーヴェンたちは屋敷に戻っていく。
俺は亡くなった男の顔を見つめながら、シュナイゼルが仕掛けてきたのだと奥歯を噛んだ。
そして、その日の逢魔時、今度はクローから連絡が入った。
『主、セドリックたちが行動を開始しました』
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