第24話 猫になった日

「よし、こんなところかな」


 俺は地下の住居に特製のハンモックを取り付け、そこにふわりと横になり、レーヴェンの屋敷に向かうブランキーのことを思い浮かべた。

その瞬間、頭の中に二つの小窓が浮かび上がった。一つは鴉のクローに繋がり、もう一つはブランキーに繋がっていた。


「まずはブランキーと精神融合するか」


 頭の中の小窓を開けると、見覚えのある花壇がそこに広がっていた。それはテレサの花壇だった。俺は窓から身を乗り出すようなイメージで、外に飛び込んだ。


「(おっ!)」


 どうやら無事にブランキーの中に入ったようだ。


「あっ、可愛い猫ちゃんですね」


 花壇に水をあげていたテレサはこちらに気づき、スカートを折ってその場にしゃがんだ。おいでおいでと俺を手招きしている。


「(まずはテレサたちの警戒心を解かないとな)」


 俺はできるだけ自然な猫を装いながら、「にゃー」と鳴いてテレサに近づいた。


「(今のはすごくわざとらしいだにゃ)」

「(そんなことないだろ!)」


 評論家気取りのブランキーが、ごちゃごちゃと俺の頭の中で話しかけてくる。


「(ここはにゃの頭の中だにゃ。にゃの思考を覗き見ているのは御主人様の方なんだにゃ)」

「(うるさいな。ちょっと黙っててもらっていいか。今忙しいんだよ)」


 にしても、凄くくすぐったいな。


「とても人懐っこい猫ちゃんですね」


 ブランキーと化した俺を抱きかかえたテレサが、体中を撫でまわしてくる。


「はぁ……」


 突然、俺をもふっていたテレサが大きなため息をついた。一体何が起こったのだろう。


「ランス様は大丈夫でしょうか。命を助けて頂いたのに、何もお返しできませんでした」


 テレサは眉をひそめ、唸るような表情を浮かべた。「はぁ……」と思案しながら、最終的には俺に頬を寄せる。


「本当は、私だってランス様の恋を応援してあげたいんですよ。でも、一介のメイド見習いの私にはどうすることもできないんです」


 テレサの優しさに、思わず口元が緩んでしまう。


「あ、くすぐったいですよ」


 お前がそんな悲しそうな顔をすることはない。というように、俺は彼女の頬をペロペロとなめた。

 その後、しばらくして、テレサは仕事に戻っていった。


「(あそこから入れそうだな)」


 窓から屋敷内に侵入することに成功した。目指すはレーヴェンの部屋だ。

 しかし、まさかの強敵が俺の前に立ちはだかる。


 銀縁眼鏡をかけた凄腕メイド長、ロレッタだ。

 メイド長はじーっと俺の顔を見つめている。


「(……めちゃくちゃ見られてる!?)」


 このままではメイド長に見つかり、外に追い出されてしまうかもしれない。そして、屋敷内への侵入が二度と不可能になるかもしれない。


「(どうすればいい)」


 緊張感漂うメイド長ロレッタとの、苛烈なにらめっこが続いた。先に目をそらしたら負けだ。


「なぜ、ここにあなたがいるのです」

「(――――!?)」


 メイド長の眼鏡の奥にひそむ黒い瞳が、ますます鋭いものになっていく。


「(まさか、バレてる!?)」


 メイド長は顔を振り、周囲に誰もいないことを確認すると、「こっちへ来なさい!」と俺の首根っこを掴んで持ち上げた。


「(えっ、ちょっ、ちょっとっ!?)」


 俊敏に廊下を進み、あっという間にどこかの部屋に引きずり込まれた。俺は焦りを感じ、メイド長の手から逃れようと身をねじりながら暴れた。


「にゃッー!」


 俺は飛び降り、すぐに逃げ出そうと扉へ振り返る。


 ――バタンッ!?


 扉がもの凄い勢いで閉まり、俺は閉じ込められてしまった。


「……」


 扉に背を預けたメイド長が、まじめな表情で俺を見下ろしている。凄まじい殺気を感じる。


「(な、なんでバレたんだよ!?)」


 俺の精神融合は完璧だったはずなのに。


「(まさか!?)」


 ブランキーからわずかに漏れ出た魔力から、俺の魔力を感知したということか。


 魔力は指紋のように個人差があり、理論的には特定可能だが、あの短時間で特定されるなど……そんなことができるのは賢者の師匠くらいだと思っていた。


 メイド長……初対面の時から彼女が特別な何かを持っているとは感じていたが、まさかここまでとは予想外だ。


「(くそっ、どうすればいい)」


 メイド長と対峙する俺は、絶体絶命のピンチに立たされていた。

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