第17話 訪問者

 あれから一週間が経過した。


 問診のために村に足を運び、村人たちの症状を確認していく。皆、体調が良好で、石化病も完治していた。村はすっかり霧が晴れたかのように、明るい雰囲気に包まれていた。


「先生が来てくれてから、村が本当に明るくなりました。まるで昔に戻ったようです」

「皆、皇女殿下様と先生には感謝しております」


 村人たちは俺を医者と誤解しており、皆からは大層な呼び方をされている。ちなみに、その後、レーヴェンは石化病の原因と薬の調合方法を手紙にしたためていた。そこに俺の名前が記されていたことが気になったが、石化病で苦しむ人々を助けることができるのならばと、今回は目をつぶることにした。


「お兄ちゃんこれあげる」

「こんなに沢山、いいのか?」

「うん、お母さんと一緒に採ってきたの」


 あの時、ムクネ草を分けてくれた恥ずかしがり屋な少女――ルーナから山菜を受け取り、感謝の意を告げる。


「じゃあ、またな」


 また来ることを少女に伝え、俺は屋敷に帰った。新鮮な山菜をテレサに渡し、レーヴェンに会いに行こうと部屋の前までやって来たのだが、そこでノックをする手が止まってしまう。


「ふざけるなァッ!!」


 部屋の中から聞こえてきた怒声は、まるで食器が床に叩きつけられるような音だった。


「なぜテイラー議員やコックス議員が、議会から追放されねばならんのだッ!」

「御二方とも、最後まで殿下のお力にと」

「恐らく、そのことを良く思わない者たちによって帝国議会を……」


 部屋の中から、危険な話題が聞こえてきた。

 帝国議会は、皇族・貴族院と公選議員で構成される帝国の最高機関だ。噂では、帝国は民衆の不満を抑えるためだけに衆議院を設立したと言われており、帝国議会における発言権はほとんどない。レーヴェンたちの話に出てくる議員は、おそらく貴族院からなる上院議員のことだろう。帝国内では、下院議員はただのお飾りに過ぎない。


「……」


 話の内容は気になったが、俺はその場を後にした。帝国内部の問題に、よそ者の俺が首を突っ込むべきではないと思った――が、それでもやはり気になる。


 話の流れから察するに、テイラー議員とコックス議員はおそらくレーヴェンの支持者だろう。もし彼らが議会から追放されたとしたら、レーヴェンの立場はかなり危うい状況にあるのかもしれない。


「ただでさえ、このような辺境の地に追いやられているんだもんな」


 そもそも、レーヴェンはなぜこのような辺境の場所に追いやられたのだろう。

 その答えは、あの日、レーヴェンを裏切った騎士、パウロの言葉を思い出せば、容易に理解できた。


『決して誰も認めない。女の皇帝など断じてだれっ――』


 レーヴェンの目標は、自分がシュタインズ帝国の皇帝になることで間違いない。そのために、彼女は女性でありながら戦場に出続けたと考えられる。戦功を重ねれば、いつかは認められると信じていたのだろう。


 しかし、貴族社会はそんなに甘くない。


 女性が男性よりも優れた戦果を上げると、その分嫉妬心が増すものだ。貴族たちは誇り高い存在で、女性に仕えたことなど、歴史を遡っても聞いたことがない。ましてや、帝国の第一皇子や第二皇子が黙っているとは考えにくい。これらの考えを巡らせながら、俺は過去の人生を振り返っていた。


「うーん……」


 過去100回の人生において、女性がシュタインズ帝国の皇帝になったなどという話は、さすがに聞いたことがない。現在の皇帝が亡くなった場合、通常は皇子が皇帝の座に就くはずだ。その時々によって、第一皇子であったり第二皇子であったりと、皇位に就くものは違っていたが、やはり何れも男性だったと記憶している。


「でも、待てよ。だったら、レーヴェンはどうなったんだ?」


 これは俺の個人的な考えだが、レーヴェンは今も皇帝の座を諦めていない。彼女はこのような辺境の地にまで追いやられても尚、自身の野心を捨てていない。

 しかし、俺が過去100回の人生で、レーヴェン・W・シュタインズの名前を聞いたことはない。


 もし彼女が皇帝の座を諦め、誰かと結婚していたなら、それは大々的に報じられているはずだ。しかし、そのような話は聞いたことがなかった。もちろん、皇帝になったという話も。


「では、彼女は一体どこで何をしていたんだ?」


 俺の脳裏に、ある可能性が浮かび上がっていた。それは、彼女が何者かによって暗殺され、歴史から抹消されてしまった可能性だ。


「……」


 俺は庭から屋敷を見上げた。レーヴェンの部屋がある窓の方を……。


「……っ」


 考えたくはないが、おそらく彼女は……。


「死ぬ」


 無意識に漏れたその言葉に、背筋が寒くなる。戦場の死神と称された彼女の背後には、実際に死神が付きまとっていたのかもしれない。


 人の人生は些細なことで180度変わることがある。彼女の人生が100回も同じ結末を迎えたということは、裏を返せば、彼女が絶対に皇帝の座を諦めないという決意を持っていることでもある。


 ではなぜ、レーヴェン・W・シュタインズは、そこまでして皇帝という世界最大の権力を欲しているのだろう。


「一体何が、彼女をそこまで駆り立てているんだ」


 そんな疑問を考えながら庭先を歩いていると、「頼もうっ!」門の方から甲高い男性の声が聞こえてきた。

 その声に、どこか聞き覚えがあった。


「私はセドリック・サンダース! シュナイゼル殿下の使者として馳せ参じた! 直ちにこの門を開けよ!」


 シュナイゼル殿下の使者だと!?


「え……セドリックって!?」


 突然の訪問者は、レーヴェンの弟であり、シュタインズ帝国の第二皇子、その使者、新米聖騎士セドリック・サンダースだった。

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