第9話 恋心と下心
「んんっ……」
次に意識を取り戻したとき、広々とした部屋のベッドの上だった。
「ドキドキし過ぎて気を失ってしまったのか」と、俺は上体を起こし、情けなさからガクッと首が折れた。
「にしても、何もない部屋だな」
俺が寝ている部屋にはベッドが一台しか置かれていなかった。他に家具はなく、テラスに続く窓には、カーテンの一枚も掛けられていなかった。
「どう見ても、これが別邸とは思えないな」とつぶやいた。
長らく廃墟と化していたこの辺境の屋敷は、やはり皇女殿下の別邸とは思えないほど荒れ果てていた。
「まあ、これ以上の詮索は難しいだろうな」と、自分に言い聞かせつつ、起き上がって窓の外を眺めた。
庭も相変わらず荒廃しており、倒壊寸前の屋敷を修復するのに手一杯で、庭の手入れまでは至らなかったようだ。
「泊めてもらったし、お返しをしないわけにはいかないな」と考え、部屋を出ると、見覚えのある侍女と鉢合わせた。彼女は栗色の髪を両サイドに結ったお仕着せ姿の少女だった。
「ランス様ですね! 私はメイド見習いのテレサと申します。この度は危ないところを助けて頂き感謝致します」
礼儀正しくお辞儀をする少女は、俺が応急処置を施したメイドのテレサだ。
「すっかり回復したみたいだな」
「はい。メイド長にポーションを頂いたので、もう完全復活です!」
少し無理をして笑顔を作っているようにも見えたが、昨日、同僚たちを目の前で失った悲劇を思えば、それは仕方のないことなのだろう。
「ところで、それは?」
俺はテレサが手に持つ草刈鎌に視線を落とした。
「草刈鎌です。見習いの私でも、何か殿下のお役に立てることがあればと思い、庭の手入れをしようと考えたんです」
「あの大きな庭を一人で手入れするのか?」
「はい! メイド長たちは屋敷の修復や、食材の調達に追われているので」
なるほど、と俺は頷いた。
「よし、そういうことなら俺にも手伝わせてくれ」
「いけません! ランス様は大切なレーヴェン殿下のお客様なのです」
俺の申し出を頑なに断るテレサの背後に、黒髪をなびかせながら神秘的に近づいてくるレーヴェンの姿が見えた。昨夜の出来事が一瞬脳裏をよぎり、俺の体温がわずかに急上昇した。
「二人とも、もう大丈夫なのか?」
「二人……とも?」
首をかしげるテレサと目が合った俺は、とりあえず微笑んでその場をうまく誤魔化した。
「そ、そんなことより! 世話になったお礼に、庭の手入れを手伝わせてもらえないか?」
「庭の手入れ……?」
疑問げな目を向けるレーヴェンに、俺はテレサと一緒に庭の手入れがしたいと申し出る。
「ランスは私の恩人であり、客人なのだから、そんなことを気にする必要はないのだぞ?」
「何もしないってのは落ち着かなくて。それに、庭が綺麗になったら剣の稽古とかもできるだろ?」
そうすれば、レーヴェンと刃を交わすことも可能になるのではないだろうか。
俺はいつかの剣帝の言葉を思い出していた。
――無駄口叩かず、剣で語れ!
さすれば、思いは自ずと相手に届くものだ。
レーヴェン、君が好きだ!
そんなこと言えるわけがない。
相手はシュタインズ帝国の第一皇女殿下だ。
それでも、ただ黙っているのは嫌だ。だから、想いを伝えるためにできることを行動で示すしかない。
「元王族なのに変わったやつだな。とはいえ、私も似たような性格なので分からなくはない。うむ、では手分けして三人で草刈りといくか」
まさかのレーヴェンの提案に、驚くテレサの表情が見られた。彼女は見習いメイドとして、この状況に戸惑っていた。
「い、いけません! 私が一人でやりますからっ!」
「そう固いことをいうな」
「レーヴェンの言う通りだ。むしろ病み上がりなんだから、テレサこそ休んでおくといい」
「そんな……」
そうすれば、俺はレーヴェンと二人で草刈りができることになる。
心の底から草刈りがしたい! こんな人生が訪れるなんて思いもしなかった。
「病み上がりというなら、ランスも同じだろ?」
あれはレーヴェンがくっつくから! とは言えるわけもない。しかし、ここで引くわけにはいかない。草刈りで少しでもレーヴェンに好印象を与える千載一遇のチャンスだ。
「よし、では三人で刈ろう!」
心の中では下心全開で、草刈りに挑むことに決めた。庭を一瞬で綺麗にし、レーヴェンの気を引く作戦だ。成功すれば、褒めてもらえるかもしれない。
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