「私はある理由から犯人を特定しました。順番が逆かもしれませんが、特定した犯人とダイイングメッセージが合致するかを考えたのです。最初に合致したのは木村さんが残したコインのダイイングメッセージです」

 写真には十円玉と百円玉が写っている。百円玉の桜が描かれている面に、黒く変色した血が付いているのが分かる。

「待って、犯人を特定した理由から教えてほしいな」

「分りました説明しましょう。あの場では誰も指摘しなかったし、私も黙っていた方がいいと判断した事があります。それはそもそも凶器はどうやって持ち込んだのかです」

「凶器を持ち込んだ方法?」

 ルナアリスは小さな首を傾けて人差し指で唇を軽く始めた。

「鞄にでも入れて持ち込んだのではないか?」と霧部が入る。

「それは有り得ませんでした。全員分の所持品を調べたのですが、凶器のクロスボウなどを入れて運べる大きさの鞄等を持ち込んでいた人間は居なかったのです」

「そうなのか。では予め城に運んでおいたのではないか?」

「そうです。しかしそこで問題が一つ、何処に隠してあったのかという話です」

 煌月は一旦話を止めて執事を呼び、飲み物のお代わりを頼んだ。

「閉じ込められたあの場所では隠し場所も限られている。凶器のクロスボウは分解出来たとしても意外と嵩張るものです。他にも持ち込んだ物がありますしね。

 犯行前に他の人に見つけられるなどは論外なので、偶然見つけられるような場所には隠さない。犯人以外に見つからず確実に回収できる場所に隠す筈です。ではそれは何処なのかと考えると、現場の構造等から考えて一カ所しかありません」

「一カ所だけ……あっ、もしかして客室の中?」

 ルナアリスが出した答えに煌月は僅かに口元を緩ませた。

「そうです。客室に隠しておいて、その部屋を自分が使うようにすればいい。全室に鍵を掛けておけば勝手に入られる事もないので盤石です」

「でも部屋割りは決まっていなかった。ということは確実に目当ての部屋の鍵を取るトリックが使われたんだね。部屋割りを決めなければトリックも気付かれにくいし」

「その通り。客室以外で隠せそうな場所は、脱出口の探していた人達の様子から考えても無かったかと。部屋割りのトリックに気が付いた時、犯人が分かったんですよ」

「それはどんなトリックだったの?」

 先を促すルナアリスだったが、丁度執事が飲み物を持って来たので話は中断された。ピッチャーに入った冷たいオレンジジュースとコップを置いて執事は速やかに退室した。

 煌月が喉を潤すまで待つルナアリスは、まるでバースデープレゼントを待つ子供のようだった。

 煌月はファイルのページを捲り、部屋割りトリックと呼称した解説が載った所で止める。トリックの証拠として、各部屋の鍵から採取された指紋の対応表がある。


            『各部屋の鍵の指紋採取結果』

・一番室 使用者 村橋三深  ・検出された指紋 村橋三深 曽根森瀬里佳


・二番室 使用者 北野誠也  ・検出された指紋 北野誠也 曽根森瀬里佳


・三番室 使用者 大宮小次郎 ・検出された指紋 大宮小次郎


・四番室 使用者 佐倉大地  ・検出された指紋 佐倉大地 曽根森瀬里佳


・五番室 使用者 五鶴神煌月 ・検出された指紋 五鶴神煌月 曽根森瀬里佳


・六番室 使用者 氷川冷華  ・検出された指紋 氷川冷華 曽根森瀬里佳


・七番室 使用者 天野・ルナアリス・奏  

           ・検出された指紋 天野・ルナアリス・奏 曽根森瀬里佳


・八番室 使用者 羽田一志  ・検出された指紋 羽田一志


・九番室 使用者 鷲尾青斗  ・検出された指紋 鷲尾青斗


・十番室 使用者 瀬尾田康生 ・検出された指紋 瀬尾田康生


・十一番室 使用者 竹山翔    ・検出された指紋 竹山翔


・十二番室 使用者 宝条凛菜   ・検出された指紋 宝条凛菜 曽根森瀬里佳


・十三番室 使用者 曽根森瀬里佳 ・検出された指紋 曽根森瀬里佳


・十四番室 使用者 村上茜    ・検出された指紋 村上茜 曽根森瀬里佳


・十五番室 使用者 甲斐涼介   ・検出された指紋 甲斐涼介 曽根森瀬里佳


・十六番室 使用者 木村美緒   ・検出された指紋 木村美緒



            『箱から鍵を取り出した順番』


 一・瀬尾田 二・大宮 三・竹山 四・木村 五・羽田 六・曽根森 七・鷲尾


 八・村橋 九・氷川 十・北野 十一 甲斐 十二・佐倉

 

 十三・ルナアリス 十四・五鶴神 


  村上・宝条は鍵を箱から取り出しておらず、曽根森から鍵を受け取った。



「トリックとしては単純で、事前に箱には特定の部屋の鍵を抜いた十五本だけを入れておく。部屋を決める時に特定の部屋の鍵を持った状態で箱に手を入れて、箱の中から鍵を取ったと見せかける。手を入れると手が隠れるくらいの大きさの箱だし、箱の中身は外から見えない。番号順に並んでいる訳でもないし、最初に箱をひっくり返して鍵の本数を確認しなければ、元々一本足りない事は分からないでしょう。

 最後の方に鍵を取りに来たルナアリスちゃんは知らないと思いますが、当時は全員が箱から鍵を取り出す時の様子を私は見ていました。だからあの時、がいると分かったんです。箱から鍵を取り出した順番と指紋の最終結果がトリックの証拠です」

 ルナアリスは箱から鍵を取るような動作をした後に、納得したように笑った。

「鍵を取ったふりか。確かにそのトリックなら凶器を隠した部屋の鍵は確実だし、ランダムに部屋割りが決まったということでトリックを誤魔化せるね」

「仮にこのトリックに気が付いても、誰がやったのかという証拠は出てこないし、誰でも出来たと言えば特定されないと踏んだのでしょう」

「確かに、犯行が露見する前に持ち物検査などはしないだろうね」

 霧部は何度も頷いた。

「しかし犯人にとってはイレギュラーな事が起きた。私が最初から箱の近くにいて、しかも離れずにずっといたのです。このトリックは当然、鍵を取ったふりをした所を見られること。客室の鍵は、人よりも手が大きい私でも完全に握り込んで隠せない大きさです。なので箱に手を入れる瞬間を見られるとアウト」

 煌月は右手を大きく開いて見せた。

「最初は様子を見て、他の人に見られないタイミングを計る必要があります。しかし近くにいる私が離れようとしないし、鍵を取りに来た人に話しかけている。時間を掛けると他の参加者が取っていって残りの鍵の数が減り、最悪の場合鍵が一本足りない事が露見した上に、鍵を持っていない人物は誰かという話から自分が特定されるかもしれない」

「煌月さんが取っていった人を覚えていれば、消去法で一人分かるね」

 ルナアリスはオレンジジュースが入ったコップに小さな口を付けた。

「そうです。犯人は私が離れるのを待つか、見られるリスクを承知で鍵を取るふりをするかの二択を迫られた。犯人が取った選択は後者でした。

 犯人は私の背後から箱に近づいて、私に背を向けて手元を見られないようにしたのです。

 当時は気になりませんでしたが、後になって振り返るとですね。私が箱に手を入れた瞬間を見ていない人は一人しかいなかったんですよ」

「なるほどー。そういう消去法もあったんだ。で? それは誰だったの?」

「鷲尾青斗です。彼が箱から鍵を取り出さなかった証拠がここにあります。鍵に付着していた指紋と鍵を取った順番です。そして手元を見られないようにすることに意識が向いていたからなのか、途中からしか見ていなかったからなのか、ある可能性に気が付かなかった」

 煌月は一度言葉を切った。ルナアリスと霧部は票を食い入るように凝視する。少し経った後に霧部が指摘した。

「この曽根森という人。何故他の人の鍵からも指紋が出てきているのかね?」

「そうそれです。この曽根森さんは、村上さんと宝条さんと同じ学校に通う高校生なんです。それで隣同士の部屋にしたくて、連番になるように鍵を取っていったんです。

 その時にですね、曽根森さんは箱に残っている鍵を全部取り出したんですよ。連番の三本以外は箱に戻しました。何本残っていたかは覚えていないとのことですが、残っていた鍵を全部出したのは間違いないとの事です。

 ということはですよ。曽根森さんが鍵を取り出すよりも前に鍵を取った人の鍵には、曽根森さんの指紋は付いていない。逆に後に取っていった人の鍵には指紋が付いているという訳です。なのに一人だけ、後に取っていった筈なのに曽根森さんの指紋が付いていない鍵を持っている人がいます」

「それが鷲尾なんだね。確かに曽根森さんのすぐ後に取っていった筈なのに、自分の指紋しか付いていないよ」

 小さな指が順番の表を何度も強めに叩く。

「そのことに鷲尾は気が付かなった。まぁ気が付いたとしても、曽根森の指紋を自分の鍵にどうやって付けるのかという不自然な問題は、どうにもならなかったでしょう。想定外の事ですし。箱に入れた時についたらしき指紋が無いっていう不自然さもあるんですが、鷲尾が指紋を気にして鍵を全部綺麗にしてから箱に放り込んだんでしょう」

 ルナアリスも霧部も口元が緩んでいる。

「犯人が鷲尾だと考えると木村さんのダイイングメッセージが分かりました。途中まではルナアリスちゃんで合っていたんです」

「それはどういうことなの?」と明るい表情で先を促した。

「十円玉の平等院鳳凰堂は、ドアに鳳凰が描かれた部屋のルナアリスちゃんの事で合っていたんです。桜が描かれている鍵を持つルナアリスちゃんの事というのも正解です。

 頭を捻らないといけないのは、付いていた血が何を表しているのかということです。それはルナアリスちゃんの血です。」

「どういうこと? 私、血なんて流してないよ?」

「行きのバスの中で私に出したクイズですよ。ルナアリスちゃんのルーツのクイズ」

 煌月は黙って話を聞いていた彼女の両親を見遣る。

「私が日本とイギリスとスウェーデンとリヒテンシュタインのクォーターだっていう、あのクイズ?」

「そうです。ポイントは『クォーター』です。百円に付いていたのも百の四分の一というヒントの一つ」

 ルナアリスは唇を軽く叩き始めた。小さな首を傾けているので答えには辿り着いていないようだ。

「百の四分の一は二十五だが。それが鷲尾という犯人になるのかね?」

 霧部も勿論分からない。

「死ぬまでの限られた時間なので、思いついてもヒントを出し切れなかったのでしょうね。でも直前までお金で遊んでいて、本人がドルやユーロには詳しいと言っていた事から、思い至った可能性はあるかと思います」

「ドルやユーロに詳しい? 確かにそう言っていた気がするけど。これって別の通貨の事なの?」

「そうです。二十五円ではありません。二十五セント硬貨だと示したかったのです。二十五セント硬貨は一ドルの四分の一の価値という事で『クォーター』と呼ばれています。現在は州によってデザインが違う物が流通していると聞きましたが、通常の流通用の二十五セント硬貨には『ハクトウワシ』が描かれています。

 よって木村さんが示したのは『ワシ』が苗字に入っている鷲尾です」

「なるほどー。煌月さんは日本以外の国の補助通貨に詳しいから、硬貨の絵柄も良く知っているんだね」

 煌月は大きく頷いて、オレンジジュースをコップに注ぎ足した。

「しかし私はこの後に悩みました。羽田さんのダイイングメッセージが、鷲尾と繋がらなかったからです」

「手帳のアルファベットのKにだけ血が付いていたやつだよね?」

「そうです。どう考えても鷲尾を示さなかったんです。となると考えられる理由は、羽田がさんが付ける所を間違えたか。偶然ダイイングメッセージみたいな感じになったのか。或いは鷲尾以外の犯人がいたのか」

「待って、共犯者はいないんじゃないかって煌月さん言ってたよね。一人でも犯行が出来そうって理由で」

「確かに私はあの場でそう言いました。しかしその後になって一つ不自然な事が出てきたのです」

 ルナアリスの幼い顔は、話の続きをねだる年相応の子供に変わっていた。

「村橋が初日に履いていた『ストッキング』が消えていました。二日目は履いていなかったので、ポーチかバッグに入っている筈です。なのに所持品の中には無かった。破れたりして使えなくなったのなら、部屋のゴミ箱にでも捨てる筈です。しかし客室内のゴミ箱どころか厨房のゴミ箱にも無かった。トイレも浴室も可能性のある場所は全て調べましたが何処からも出てこなかったんです。

 私は考えました。もしかしたら村橋はストッキングを、何らかの理由で外に投げ捨てたのかもしれないとね。もしそうなら可能性は一つ」

 煌月は少し溜めた後、静まり返った室内に沁み込むようなトーンで、

「村橋は、ストッキングを調べられると不味い。だから外に投げ捨てて処分しよう。そう判断した。あの状況でそんな事になる理由は、何らかの形で犯行に関わっていた以外に考えられません」

「あーっ! そういうことか!! 確かに村橋さんは二日目はストッキングを履いていなかったよ。村橋さんが共犯者なら他の証拠品と一緒に投げ捨てるのは有り得るね」

 室内にルナアリスの声が響いた。

「次は村橋がどういう形で犯行に関わり、ストッキングを廃棄しなければならなくなったのかです。犯行時の被害者達の状況を見れば、それは羽田さんの時でしょう。羽田さんだけが密室ではなく廊下の先で殺されている等、他の五人と状況がかなり違っていますからね」

 ドアの仕掛けで密室を作るといった、言わば城に元からあるギミックを羽田に対して使ったような状況ではなかった。

 煌月は羽田の死体の状況を纏めたページまで捲った。

「犯罪というのは非常に不可思議な物です。人がする事だからなのか、人ならざる何がが妨害しているのか、予期しない事が何故か起きる。

 あの晩もそうでした。羽田さんは夜中にトイレか飲み物か何かの理由で部屋の外に出たのです。向かいの部屋が被害者の木村さんの部屋なので、その時に犯行を終えて出てきた鷲尾と村橋と鉢合わせになってしまった。

 そこで村橋がパニックになって羽田にクロスボウで矢を撃ち込みました。谷底で回収した残骸からクロスボウが二丁あった事が分かったので、鷲尾と村橋が一丁づつ持っていたとしても矛盾しません。

 しかし撃った矢は偶然にも毒の塗り忘れと急所外れで、羽田さんの命をすぐには奪わなかった。そのお陰で羽田さんは撃った村橋を示すダイイングメッセージを残す事ができたのです」

「その羽田という男は運が悪かったな」

 霧部が資料を見ながら漏らした。

「ええ、まさに不運です。羽田さんは殺される予定ではなかったと、鷲尾は供述しています。ダイイングメッセージに気が付かなかった事も含めて、完全にイレギュラーです。更に様子を見る為に村橋が不用意に羽田さんに近づいてしまい、足首を羽田さんの左手に掴まれるという事が発生。この時に履いていたストッキングに血が付いてしまったという訳です」

「なるほど。血が付いたストッキングは持っている訳にはいかないね。犯行の証拠になりかねないし」

 煌月は口元を緩ませて大きく頷いた。

「そうです。なのでストッキングを他の物品と一緒に廃棄したのです。羽田さんの左手に、血が付いているが全体的に擦れたような跡があった理由がこれです。ちなみに警察の聴取によると、とどめを刺したのは鷲尾の方だったそうです。

 ストッキングは、片方だけですが谷底で見つかりました。警察の科学捜査で、村橋が履いていた物だと判明し、僅かですが羽田さんの血液が検出されました」

「現物が見つかって良かったね。でもダイイングメッセージはどうして『K』が村橋さんなの?」

「いやぁこれはですね。半分はルナアリスちゃんの手柄ですよ」

 少しだけルナアリスの頬に赤みが差した。

「Kで思いつく物は何かを考えて、それが他の人や羽田さんと結びつくかどうか。その発想でやってみたら答えが分かりました。

 野球に関係する言葉で『ドクターK』というのがあります。うろ覚えでしたが野球に関係する言葉だというのは覚えていました。羽田さんは野球好きだったのでもしかしたらと思い、佐倉さんに聞いてみたのです。そうしたら、バッターから三振を沢山取るピッチャーの事だと教えてくれました。成績を記録する時、三振はKで表すことから生まれたとも言っていました。

 羽田さんは手帳に他の人の名前を、下の名前も含めて書き込んでいたので気が付いたのでしょう。村橋の下の名前、『三深みふか』が読み方を変えると三振さんしんと同じ読み方になるということを」

 ルナアリスは困ったような顔で煌月を見ている。

「野球かぁ。私、あんまり詳しくないから分からなかったよ」

「そうだろうと思いました。日本では競技人口が多くてメジャーなスポーツですが、イギリスはそうではないようですので」

「うん。イギリスだとサッカーが一番人気だし、クリケットとかラグビーが次点だもん」

 羽田が野球好きだと話していなければ、恐らく今も答えに辿り着かなかったかもしれない。

「ダイイングメッセージの問題は解決。谷底から回収したガラス片から鷲尾の指紋が出ましたし、矢に塗られた毒物と同じ成分が付着している事が警察の科学捜査で判明しました。これだけ証拠が集まり不可解な状況に説明が付いたなら、鷲尾と村橋を犯人と断定しても問題無し。そう警察が判断したところで私の役目は終わりです」

 犯行の手口を解明と掻き集めた証拠、それらを全て警察に引き渡すまでが煌月の領分。勿論現場でスマホを使って撮影した写真のデータも引き渡している。

「すごいなぁ。ちょっとイメージが違ったけど、でも小説に出てくるような探偵に実際に会えて推理を聴けたのは良かったよ。解決しちゃったし」

 翡翠の瞳を輝かせるルナアリスに煌月は優しい笑みを浮かべている。

「探偵をやっている認識はありませんが、私の能力が役立つなら白髪探偵という渾名も悪い気はしませんね」

 手元のファイルを閉じた。特注のサイズの椅子の背もたれに体を預ける。

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