仮眠ローテーションを組んで、お互い監視できる体制を作る。犯人よりもそれ以外の人間の方が多い。幾らかは安心感が全員の表情に出ている。

 煌月はチョコレート菓子を齧りながら隣でバックギャモンの様子を見ていた。村橋と曽根森が勝負中だ。

 これ以上の犯行が行えなくて焦ったり苛立ったりしている様子は無い。昨晩はまだ何人か殺せそうな時間はあったと思うから、犯行は打ち止めにする判断を犯人が下した可能性は高い。

 油断は禁物だが状況は思った程悪くはなさそうだ。

 状況が状況なだけに、アルコールを開けている者はいない。お菓子や竹山さんが持ち込んだバックギャモンで、ストレスを上手く誤魔化せているようだ。

 ――事前に食料に毒を混ぜてたりするとお手上げだが、この様子だと多分大丈夫だろう。

 曽根森の勝利でゲーム終了したところで、

「次は誰がやる? 五鶴神さんはどう?」

 村橋に振られた煌月は数拍置いて、

「それでは一ゲームプレイしましょうか」

「だったら僕とやりましょうよ。探偵さんと勝負してみたかったんです」

 隣でルールを説明していた竹山が手を小さく挙げた。

「受けて立ちますよ」

 煌月はボードが置かれている席に座り、竹山はその正面の席に座った。手際良く準備を進める竹山を煌月は終わるまで待つ。

 バックギャモンは二人で遊ぶ対戦型ボードゲームである。箱は開くとそれ自体がボードになる。剣山の様にギザギザ絵がボードに描かれていて、それがマスになっている。そこに白と黒の二種類の駒が、竹山の手で所定の位置へと置かれていく。

「白と黒、どっちにします?」

「じゃあ黒で」

 煌月は適当に決めた。駒の色に有利不利は無い。いつの間にか煌月の隣の席にはルナアリスが座っていた。

 竹山はサイコロを一つ持った。

「ルールはご存じのようですし、僕達は正式なルールでやりましょう」

 煌月はもう一つのサイコロを摘まむ。

「三ポイント制でよろしいか?」

「承知しました」

 応じた竹山はサイコロを振った。出目は四だ。続いて煌月がサイコロを振った。出目は五。大きい数字を先手は煌月だ。

 バックギャモンはサイコロを二つ振った出目に従って駒を進めていき、先に全ての駒をゴールさせた方が勝ち。所謂『双六ゲーム』の一種だ。

 黙々と交互にサイコロを振って駒を動かし続ける。

 ゲームが終盤に差し掛かった所で竹山が口を開いた。

「こういうゲームってプレイヤーの性格が出ますよね」

「確かに。攻撃的な傾向もあれば防御的な傾向もある。上手い人は柔軟に切り替えたりしますが、選択に至るまでの判断は性格に影響されるでしょうね」

 煌月の大きい手からサイコロが二つ投げられる。動かせる駒が無い出目なので竹山がサイコロを拾う。

「犯罪もそうなのですかね? テレビで見るだけなら殆ど結果しか分からないですが、犯罪の捜査に深く関わった探偵さんなら何か感じ取ったりは?」

「確かに。犯行の手口に性格が表れるというのは、警察の中でもよく言われます。プロファイリングにも応用されています。

 でも私は思うのです。人間は量産品のネジや歯車とは違う。どんなにデータを集めても、分析を続けてもそれは絶対の基準にはならない。何事にも例外はあるなんて言葉がありますが、全く同じ人間が居ない以上基準も例外もありません」

 煌月が言葉を切った所で竹山がサイコロを振る。

「確かに。一人一人違う。でもデータの収集は参考にはなりそうですよね」

 竹山が出目に従って駒を進めていく。

「そうですね。でも対人で最後に頼りになるのは実際に会って観察することです」

 駒を進め終わった所で煌月がサイコロを拾う。

「特に犯人捜しは、ね。今回は不発ですが」

 煌月は出目に従って駒を進めるが少し唸った。

「ちょっとこれは白旗かな」

「ですね。ダブルを提案します」

「パスします」

 煌月と竹山はボードを崩して初期状態へ戻していく。隣で見ていたルナアリスが身を乗り出して、

「えっと今のはどういう事?」

「簡単に言うと今のゲームは私が降参したので、竹山さんに一ポイント入ったんです。後二ポイント取られるとこの勝負は私の負けです」

「そうなんだ。残念だね」

「いえいえ勝負はここからですよ」

 最終的には二対三で煌月の負けだった。

 時計の針は進んでいく。日付が変わっても時は進む。トイレや厨房に行く者はいても、客室や浴室に行く者はいなかった。一時を過ぎた頃にはサイコロの音は消えて、インスタントコーヒーが入っていたカップが纏めて雑にテーブルの隅に置かれていた。

 仮眠のローテーションを組んだものの、睡魔には勝てなかったようだ。一人、また一人と眠りの世界へ意識が誘われていく。コーヒーでカフェインを摂取しても駄目だったようだ。

 静寂に包まれた中、煌月は十数分間目を瞑っては開くを繰り返していた。これで睡魔を躱して意識を起こしている。

 最後の準備は出来ている。体力を回復する為にもう少し眠ればいいのだが、理性が浅い眠りも拒絶している。

 徹夜なんて久しぶりだな。

 テーブルに突っ伏している者。座ったまま腕を組んだ状態でいびきをかく者。あちこちから寝息が聞こえる。佐倉は一応目を開けているが、半覚醒状態のようだ。

 更に時は進み時刻は朝日が昇ったであろう朝六時。半数近くが目を覚ましている。トイレや飲み物を取るなどの動きが出てきた中でそれは起こった。

「何だ? 何処からの音だ」

 弾かれたように立ち上がる煌月。数拍おいて煙草を咥えた大宮も立ち上がった。

「これは上か……見ろあそこだ!」

 口の開いたペットボトルを持った竹山が天井を指差す。その先には天井から降りてくる階段があった。部屋をぐるりと一周する形でバルコニーのように壁から張り出している床の一角に、階段の最下段が着地した。

「どうやら探偵さんの予想が当たりましたね」

「ええ、あそこが脱出口とみて間違いないでしょう。まだ寝ている人を起こして行きましょうか」

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