8 そんな展開いりません
ひとつ息をついて伊野田は静かに頷いた。念のため、過去に使っていた事務局ホログラムを提示する。期限切れなのでグレー表示になるが。本来は青だ。
小橋は食い入るようにそれを眺めた。もう一押しだと思った。ガラでもないが伊野田は少し大げさに、語るように話を続けた。
「右腕の時は本当に凄まじい仕事だった…。グランドイルでのことだ。ある機体を調べていたら、凶悪な機体が起動した。おれは被害を増やさないよう、大手のメンバーと協力して機体を追い詰めたが、相手も強敵だ。腕をザックリやられてだな…。一時的に動けなくなったがおれは止まらなかった。動かない腕を引きずって、ついに機体の破壊に成功した。その代償で腕がこうなった」
「うぉぉぉ、」
小橋は事務局のホログラムを前にして興奮したのか、言葉にならない声を上げた。ホログラムと右腕を交互に何度も見た後、ようやく伊野田へ向き直った。
「でもなんで隠してるんですか。アタッカーって花形ポジションですよ。しかも事務局専属だなんてエリートじゃないですか。金森先輩もギャフンといいますよ」
「いいよ、そんなの。それにエリートじゃないよ」
なんとか話を信じたらしい。伊野田はようやく胸をなで下ろした。
「もったいない。それにめちゃくちゃ稼げますよね。なんで研究所にいるんですか。自慢しましょうよ」
「いろいろあってやっと辞めれたんだ。元アタッカーだったなんて言いたくない」
「えぇ~」
「やっと普通の仕事につけたんだ。この平穏をぶちこわすようなことはしたくない。だから絶対人には言うな」
伊野田が手で制しながらそう告げると、小橋は唇を尖らせながらしぶしぶ頷いた。だがすぐににんまりとした顔をしてみせる。丸い顔がさらに丸くなった。
「でも、そんな秘密を僕だけが知っているなんて。なんか映画のヒーローと相棒みたいじゃないですか」
アツイ……、アツイ展開だ……。などとぼやき、拳を握っている。一体何を想像しているのだろうか。
「なぁ、小橋くん。何考えてるんだか知らないけど、おれは自分から違法オートマタが出てくる事件に首突っ込む気はないからな」
「えぇ~」
「えぇ~。じゃないですよ。引退したんですから。バイオレンスからは卒業したんだよ。まかりまちがっても、他部署の研究データ盗み見て違法機の場所割り出しなんてしないでくださいよ」
「ぐぬぬ……」
「って、図星だったんすか。そういうのは、大手とかの現役チームが解決しますからいいんです」
「ちぇ……。映画のキャラに出会えたと思ったのに」
「何言ってるんすか」
伊野田が呆れ声を漏らすと、小橋は、かっと目を見開いて伊野田を見上げた。思わず距離を取ってしまう。
「なんすか」
「伊野田くんの昔の仕事言わないからさ、アンドロイド関連の情報、教えてよ」
「え?」
「だって、本当にアンドロイドが入り込んでるし。噂の物資と関連があるかもしれないじゃないか」
「わかった。聞けたら教える。これでイーブン?」
小橋は期待をこめた眼差しを向け、満足そうに頷き伊野田の肩に手を置いた。驚いた勢いで撥ね除けそうになったが、彼は堪えて唾をゴクリと飲み込んだ。すこしだけムズかゆい。
「相棒! アンドロイドからメトロシティを守ろうじゃないか!」
小橋は力強くそう言って、ベンチから立ち上がる。
もう彼の頭の中では何かしらストーリーが出来上がっているのだろうか。目の奥が煌めいている。この種のきらめきを持つ人間の独創性に振り回されたことのある過去を思い出し、伊野田は首を横に振った。
「じゃあ! 今度こそまた来週です!」
小橋は手を振りながら意気揚々と告げ、両手両足を振り上げながら駅へ向かっていった。伊野田は呆気にとられていたが、やがて半眼になり、ふっと前髪を吹き上げてベンチにもたれた。右腕を失った時の話なんてしてしまった。何を語っているんだか…。
「めんどくさい相棒ができたなぁ」
とぼやくと、ようやく立ち上がり、周囲を気にしながらターミナルへ向かった。
違和感はなくなっていた。モノレールに乗り五駅先で降りる。静かな住宅街が広がる区画を、警戒しながら歩いた。
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