6 悪かったってば
すると警報が聞こえてきた。
女が驚いて「まだ中を見ていないのに……」と残念そうな表情をつくる。髪の話題で気をそらせたままにできればよかったのだが、そう簡単にはいかないだろう。
女は踏み込むこともせずに、ただこちらへ歩いてきた。その黄金色の瞳はまっすぐに伊野田を見つめている。未だ戦闘態勢を解いたままの相手に殴りかかるわけにはいかず、伊野田は壁に背をついた。
「あなたはオートマタなのですか?」
女はそう言って、路地に転がっている壊れたオートマタを目配せした。
おまえがアレと同類であれば、同じ末路が待っている
と言わんばかりの問いかけに、伊野田は強く反論した。
「誰だかわからんが、余計な荒波は立てるな。おれにも、おれの周りにも」
「答えになっていませ……」
女が言い終えるより先に、伊野田は素早く路地へ向き直った。通りの向こうから、警備オートマタが向かっているのが読めたからだ。
その隙をつかれ女の一撃をお見舞いされかけたが、瞬時に身を屈めて壁に手をつき、伸ばした足で掬うように女の足首をひっかけた。バランスを崩した女が転倒するのを横目で見つつ、瞬発的に地面を蹴ってその場から離れた。
そしてコンテナに隠れていた小橋を見つけると、伊野田はすかさずその腕を掴み、廃材置き場から駆けだした。突き当たりに差し掛かると伊野田はすぐさま左折し、そのままターミナルの方角へ疾走する。なるべく人の多い所へ向かい、姿をくらました。
やがて大通りに出たところで、伊野田はようやく立ち止まった。振り返ると、小橋がゼェゼェ息を切らしている。咳き込んだので、右手で小橋の背中をさすってやった。
「げほげほ、伊野田さん、足速すぎませんか」
咳が止まらず、半ば涙目になっていた。オエェと小橋が息を詰まらせた。
伊野田はそれを眺め、半ば申し訳ない気持ちを抱きながら通りにあったベンチに小橋を座らせた。自分も隣に腰を下ろす。ネオンライトと音楽と人の流れが、自分たちの存在を上手く隠している。そんな気がした。
ひとつ息をついた途端、小橋が声を荒げた。またむせ返るぞと思いつつ。
「どうしたんですか、急に! いきなり突き飛ばされるし、警備からも逃げるし」
げほげほ、と小橋がまた咳き込んだ。水でも買ってきてやった方がいいかもしれない。
しかし小橋が怒るのももっともだ。どうして自分が自発的に動くと、物事が厄介になるのだろう。三十年近く生きてきて、こういったときの対処方法が未だにわからない。生きた年齢と経験が比例するとは限らないのだ。
頭の中で絡まり合った、”あ”から”ん”まで、その他の言語や数値を解き解し並べ変える計算作業がスムーズに行われる日が来るのだろうか。
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