第10話 ある終わりの日に

 牢屋の扉が開けられ、両脇を兵士に抱えられたアリスがその中に投げ込まれ床に倒れこむ。粗雑な石造りの床に突っ伏していると壁越しに声が聞こえた。


「よお、ずいぶん派手にやられたみたいだな。さすがのアンタもお手上げか?」


「こんぐらいどうってことないさ、フランクリン。奴らがのうのうとしてられんのも今のうちだ」


 アリスは痛む体をさすりながら起き上がると壁にもたれた。あのサディストの尋問官め、ここから出たらただじゃおかない……。


「なにが簡単な救出任務だ。対空システムがあるだなんて事前情報にはなかったぞ」


 牢屋の壁越しにフランクリンがぼやく声が聞こえる。アリスはボキボキと首の骨を鳴らしながらその声に答える。


「まぁ、そう言うなよ。アタシたちはまだ生きてる。なら奴らに一泡も二泡も吹かせられるってことだ。海兵隊には朝飯前だろ?」


「海兵隊、バンザーイ……。オレ、軍を辞めたらパン屋にでもなるかな。少なくともボコボコにされたり、むさいサドオヤジに電気棒でつつきまわされることはないだろうし」


 フランクリンの言葉にアリスはかすかに笑い声をあげた。そして少し物思いにふける。もし軍を辞めることになったら。アリスには帰る故郷はなかった。物心がついたときには孤児院で暮らしていたし軍隊での暮らしが長い今となっては軍が家族のようなものになっていた。それ以外の生き方は知らなかった。


「なあ、フランクリン。アンタ家族はいる?」


「ああ、まぁな。オヤジはもういないがオフクロと妹とその旦那がな、それに今度甥っ子が生まれる。そしたら家族が増えるな……。なんで急に聞いた?」


「ふと気になっただけだよ。こんなとこにいたらついいろいろと考えちまうな」


「だな。じゃ、さっさと出ようぜ。きっと今頃ハーパーが探してくれてるはずだ」


「ああ、ここはプランAでいくか」


 そういうとアリスは立ち上がると頑丈な格子に近づき、大きな声で叫んだ。


「おい、誰か!すぐに来てくれ!」


 アリスがそう叫ぶと怪訝けげんな顔をした兵士が近づいてきた。


「なんだ、うるさいぞ!静かにしていろ連邦の犬め!」


「悪い、だが緊急なんだ。隣のやつが倒れたみたいでそれから全然返事がないんだ。見てくれないか?」


アリスからそう聞いた兵士は最初こそ疑っていた顔だったが隣の牢屋をのぞき込んだ後、慌てて扉のカギを開けて中に入った。


「おい!大丈夫かしっかりしろ―――うわっ!」


 兵士の短い悲鳴と壁に何か……おそらく兵士の頭、がたたきつけれる音がしたあと隣の牢屋からフランクリンが現れた。それから牢屋のカギを開け、アリスを外に連れ出した。


「さすがの演技力だな、フランクリン。アンタなら俳優業も行けんじゃない?」


「まぁな。それよりさっさと行こうぜ。奴らに気づかれる前にオサラバだ」


 フランクリンが足早に先を急ごうとして通路を曲がろうとした途端、曲がり角の死角から男が飛び出しフランクリンを殴り倒した。


「動くな!」


 男はそういうと拳銃をアリスに向けた。アリスは即座に手をあげ、抵抗しないことを示すと男の格好をまじまじと見た。


「海軍の兵士?待って、アタシたちは海兵隊だ!味方だ!」


「なに……、海兵隊?」


 アリスが叫ぶと男はアリスの軍服をよく観察し、銃口をゆっくりと下げた。そしてうめき声をあげるフランクリンに手を貸すとひっぱり起こした。


「悪かったな、海兵。まさか仲間が脱走してるとは思わなくてな」


「気にすんな、兄弟。いいパンチだったぜ」


 コキコキと首を鳴らすフランクリンに男は謝るとアリスに向き直った。


「俺はこのエリアの偵察中に撃墜された。やつら対空システムを配備してるとはな……」


「それならよ~く知ってるよ。アタシたちはあんたらを救出しに来たのさ、といってもこっちもやられてこのザマだけど」


 アリスが肩をすくめて見せた。


「ならこいつは共同作戦だな。やつらに一泡吹かせてやろう」


「何か計画があるの?」


 アリスが尋ねると男は自信ありげに答えた。


「あるさ、格納庫に行ってやつらの車両で派手にぶちかまして逃げる。これでどうだ?」


「それなら確かにいい案だ。アタシたち向きだ」


「ああ、まったくだぜ。そろそろ暴れたくなってきてたんだ」


 男の言葉にアリスとフランクリンがにやりと笑って頷く。そして格納庫へと向かう途中、アリスは男に自己紹介した。


「そういやまだ名乗ってなかったね。アタシはアリス、こっちはフランクリン。あんたは?」


「ああ、俺はジョシュア・バーンズだ。ジョッシュって呼んでくれ」


――――――


「それで本当に私が狙われているというのかね?」


 どこか疑っているような眼差しでハーパーの次のターゲットとされているチャールズ・ウェザビー将軍はソファに並んで座っているアリスたちを眺めた。


「そうでなければここにはいません、将軍。やつは……ハーパーは必ず狙いに来ます」


「かつては連邦の英雄とまでいわれた男がな……。フン、ずいぶんと落ちたものだ。それでお前たちにヤツを阻止する能力があるのか?」


 ウェザビーの傲慢ごうまんな態度にアリスは内心ムカつきながらも自信をもって答える。


「ええ、そうです将軍。自分はハーパーの隣で彼のやり方をみてきました。彼を熟知してるとも言っていい。それにこのボリスは元銀河警察G-セックのベテラン刑事で警護のノウハウがあります。あとレイは……、レイは……」


 レイをみながら言葉に詰まるアリス。そんなアリスの言葉を継いでレイが高らかに声を上げる。


「私は勘がするどいです!結構な確率で当たります!」


 レイがそう宣言するとアリスは気まずそうな顔を浮かべ、ボリスは目元を手で覆った。


「面白い冗談だ。命を狙われていると脅されてなければ、さぞや笑えただろうな」


「いえ、冗談ではなく本気で―――」


「とりあえず!自分とボリスが警護しますのでご安心ください!」


 レイの言葉をさえぎってアリスが畳みかける。言葉をさえぎられたレイはふてくされた顔でソファに体を沈ませる。


「それでは早速頼むよ。今日はこれからかつての大戦銀河内乱戦争の終戦記念日セレモニーに出席せねばならないのでな、私の立場であればこの日だけは外せない」


「セレモニーか。狙うとしたら絶好のタイミングだな……、会場の警備情報を教えてくれないか?」


 ボリスの言葉にウェザビーが頷くと秘書を呼びつけ、警備情報を説明させる。その説明を聞きながらボリスは的確に警備状態の不備を指摘していく。その様子を見たウェザビーが感心したように息を吐いた。


「よし、いいだろう。正直、まだ信じ切れてはいないが獅堂からの言葉もある……、

お前たちに任せよう」


 ようやくある程度の信用を得られたアリス達はウェザビーの護衛たちとともにセレモニー会場に向かった。護送のリムジンの窓からレイが会場を眺めると会場には観客やマスコミが集まり多くの人間がひしめき合っていた。アリス達の乗るリムジンが会場を一周し、関係者用入口に到着すると真っ先にボリスが車から降り、出迎えに来た警備主任との警備体制について話し合った。アリス達もその後に続いて降りる。


「すごい数の人がいるんですね……」


 設置された舞台裏から会場を見渡したレイが驚きの声をあげる。その様子を見ながら


「まぁね、今日は特別な日だから」


 とアリスがつぶやいた。


「銀河内乱戦争の終わった日……」


 銀河内乱戦争。その昔、血で血を洗うほどに泥沼化した人類の愚かな戦争。その戦争を知識でしか知らないレイにとってもその単語は心に重くのしかかった。


「そうだ、この日はこの世界に生きる我々にとって受け継いでいかねばならない日なのだ」


 そう語るウェザビーの口調には最初に感じられた傲慢ごうまんさはなかった。ただ一人の軍人としての一面が垣間かいま見えた瞬間だった。


――――――


 セレモニーが厳かな雰囲気で始まり、会場にいる人々は壇上に上がった人物の演説を静かに聞いていた。その観客の中、アリスとボリスは二手に分かれ会場に、レイは監視カメラでハーパーに警戒していた。


「こちらアリス。ボリス、レイ何か異変はあった?」


 アリスは通信用のインカムで二人に聞くが返事はかんばしくはなかった。


「こちらボリス。バーを中心に見てるがヤツはいねぇな」


「こちらはレイです。こちらもまだなにもありません」


「了解、ヤツはきっとくる。警戒緩めないで。それとボリス、飲んだくれてたらケツ蹴り上げるから」


 アリスの脅しを聞いてかすかにほほ笑んだレイは監視室で何台ものモニターに目を凝らした。いくつものモニターに大勢の人間が映るが目標の男は見当たらない。その間にもセレモニーはつつがなく進行し、いよいよ終盤に差し掛かろうとしていた。


「こちらレイ。異変も不審人物もいませんよ~。空振りなんじゃないでしょうか」


「そんなはずない。レイ、アンタ勘の鋭さには自信あんでしょ?それを駆使して見つけなよ」


「そんなこと言われても無理に決まって―――」


 そう言いかけた瞬間、レイに全身の毛がぶわっと逆立つ感覚が走った。今までに感じたことのない恐怖がレイを支配する。急いでモニターに目を走らせるとその元凶がいた。浅黒い肌に金色の髪。少しやせ気味の男が大勢の観客の中、じっとカメラのほうを見つめていた。モニター越しでもとてつもなく不気味な男におびえながらレイがアリスに叫んだ。


「いました……!彼が、会場内にいます!」


「レイ⁉ヤツはどこにいるんだ?ボリス、早く来い!」


「アリスの真正面、50m先です!」


 大勢の人々の間をかき分けながらアリスは突き進む。多くの人とぶつかり、押しのけ文句を言われながらもどうにかこうにかついにたどり着いた。


「ハーパー……」


 アリスの前にかつての友であり師でもあった、そして死んだはずの男が立っていた。


「やぁ、アリス。久しぶりだな」


 ハーパーはまるでばったりと近所で会ったかのような言葉をアリスにかけた。その顔には柔らかなほほ笑みすら浮かべている。


「久しぶり……?、ずいぶんと間抜けなあいさつだな。一体、今まで何をしていた?それにアンタは反乱軍なのか?」


「……今日はいい天気だな。6年前のあの日もこんな天気だった。砂にまみれてはいたが」


 終始穏やかな口調だが、かみ合わない話を続けるハーパーにアリスは言い知れぬ恐怖を感じていた。本当にこの男は生きているのか?幻覚ではないか?そう疑い始めたアリスはハーパーに再度問いかける。


「もう一度聞く。今のアンタは反乱軍なのか?連邦の将校を殺して回ってるのか?答えろ!」


「俺たちはあの頃、最強だったな。それに物事は単純だった。敵か味方か、日々それだけだった。それなのに変わってしまったな」


「……もういい。アンタを捕まえる。それで尋問して洗いざらい吐かせてやる!」


 アリスがハーパーに近づこうとした瞬間、ビールを持った男がアリスにぶつかると大声で騒ぎ始めた。


「なんだよ、コンチキショー!ちゃんと前見ろ!」


「な、そっちこそ前見ろよ!」


「うるせぇ!こちとら競馬で負けてむしゃくしゃしてんだ!」 


ぶつかってきた男は悪態をつきながら千鳥足で人々の中に紛れていった。

 

「ああもう、やつは……!」


 アリスが急いでハーパーの立っていたほうを見るがもうそこには影も形もない。


「クソ……!いない!レイ、ヤツはどこにいった!?」


「すみません、見失いました……」


「なんだって⁉ちゃんと見てたのか!しっかり探せ!」


 アリスは思わず怒鳴るとすぐ後ろからボリスが声をかけてきた。


「おい、そうカッカするな。警備の連中に連絡して会場は封鎖してある。奴はどこにも逃げられないさ」


「ちっ……」


 アリスをなだめるボリスだったがその言葉に反して、セレモニーが終わってもハーパーが見つかることはなかった。セレモニー会場から離れ、街中を走るリムジンの車内には重い空気が漂っていた。


「取り逃がしてしまうとはな。まったく獅堂のやつは人を見る目がなくなったな」


 嫌味な言い方をするウェザビーに対して押し黙るアリス達。どう言い訳しようとも暗殺者を捕えられなかったのは間違いはないのだ。


「ごめんなさい、私がちゃんと見ていれば……」


 レイが申し訳なさそうな顔でつぶやく。


「いや、お前のせいじゃないさ。そもそもあの警備の目を盗んで入り込んでくる奴を侮ってた。俺もヤキが回ったもんだ」


 レイを慰めるようにボリスが肩をたたく。その様子を黙ってアリスは見ていた。


「フン……、それで次はどうする?奴を捕まえるまで私の周りをうろちょろするつもりか?それならばもっと信用のおけるプロに頼みたいのだがね?」


 ウェザビーが再び傲慢な言い方でアリス達を責める。アリスはそれをものともせずに主張する。


「いえ、自分に考えがあります。次こそは奴を必ず捕えて……」


「もういい!正直私は半信半疑だった。これ以上お前たちに付き合うのはうんざりだ!獅堂のやつにもな!」


 アリスの言葉をさえぎって手を振りながらわめくウェザビー。車内の空気が最悪な状況になった瞬間、レイに再び悪寒が走った。


「ア、アリス……!彼が、彼が来ます!」


「なんだって⁉一体どこから―――」


 次の瞬間、車体がものすごい衝撃に襲われ、一瞬全員の体が浮くとすぐさま激しく回転する車内を転がり、受け身をとる暇もなく頭を打ちつけたアリスの意識は闇へと落ちていった。









 


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プロジェクト・スターライズ ~銀河群雄譚 霜月 由良 @johnny4115

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