1-5.スベーユ通りの料理店
「いやぁしかし、アンカーソン公爵がこんないい馬を出してくれるとは思いもよりませんでしたよ。どんな交渉をしたんですか?」
外で待っていたアーヴィンが驚きを隠せない様子でロランに尋ねた。ロランは歩きながら、屋敷の中でハロルドと話したこと、過去のことも掻い摘んで話した。アーヴィンとはかの戦争後からの付き合いだから、知らなくて当然だ。
「なるほど、そういうことだったんですか…どうりで自信満々に屋敷に入ってかと思ってましたよ」
よほどロランが自信満々に屋敷に入って行くのに驚いていたらしかった。目をきょろきょろさせていた。
2人はぶらぶらと歩きながら、昼食をとれる店を探していた。かき分けるほどではないが、多くの人で賑わうスベーユ通り。様々な店の間からさらに路地裏が顔をのぞかせ、その路地裏にも奥の方まで所狭しと店が並んでいる。ごちゃごちゃと雑多な店があり、ここに来れば大抵のものは揃ってしまうのだった。2人は洋装店の角から薄暗い路地裏に入った。正午ちかいというのに空から差し込む光はわずかで、店の窓からの灯りが輝きまるで日暮れ時のようである。その中でロランの目に付いたのが、「キルタ」だ。そっと窓から中の様子を除くと、木を基調にしたシックな内装の店内が見えた。
カランカラン...
ドアを開けると店内に音が響いた。入った二人の他に客はいない。ワインのいい香りが、ツンと鼻の奥を突く。
「いらっしゃい。ようこそキルタへ」
丸メガネをかけひょろっとした中年の男が薄暗いカウンターの奥に立っている。天井にワイングラスがたくさんぶら下げられ、カウンター奥の棚には酒瓶がずらりと並んでいることからおそらくワインに詳しい店なのだろう。
メニューが運ばれてきた。洒落た料理名がずらりと並んでいる。結局2人はいくつかの料理とワインを頼んだ。凝った料理だけに、注文から提供までにはそれなりに時間がある。その間2人は、先ほどの交渉の話の続きで盛り上がっていた。ようやくして店の奥からお腹のすく匂いが漂ってきた。じゅわと何かを焼き上げる音も聞こえる。
それからすぐに店主は料理を手にテーブルまでやってきた。
店主の男は料理と、ワインとの合わせ方を慣れた様子で説明してくれる。なるほどと、ロランは自分の知らない新しい知識に感心していた。ロランはもともと料理にはあまり詳しくない。食べられればいいし、高い料理でなくても美味しいものは美味しいと感じる。しかしいま提供されたこの料理には、ロランのそんな関心のなささえ忘れさせてしますような魅力があった。
一口、二口と口へと運ぶ。口の中で柔らかい肉が文字通りほどけていく。店主によるとこの肉はどうやらカカオで下処理がされているらしく、カカオには肉を柔らかくする効果があるらしかった。
「絶品だな。路地裏にこんな美味しい料理を提供してくれる店があったとは驚きだよ」
「全くですね。ぜひまたこのお店には立ち寄りたい」
料理の絶妙な香辛料の効き具合もさることながら、ワインも素晴らしい香りが漂ってくる。飲むとすっきりとした舌ざわりで非常に飲みやすい。さらにそれがまた料理と合うのである。店主はかなりワインには詳しいようであった。二人はあっという間にしかし味わいながら料理を平らげた。
「本当に美味しかった。これは、クローラも連れてきたいな」
値段はそれなりだ。しかし二人に不満は全くない。これだけ美味しい料理の値段としては安いくらいだ。
「ご馳走さま。美味しかった。また立ち寄らせてもらうよ」
「ぜひ、お待ちしております」
二人は店を後にした。外に出ると再び薄暗い路地裏が覆いかぶさってくる。壁からは煙が立ち上り、軒を燻る。少し先の明るみは今も喧騒に包まれていた。今出てきた店の中だけは別の世界かのような雰囲気だった。
2人は再び歩き出した。喧騒の中に身を投げる。ガヤガヤと四方八方から声が飛んでくる。店先で客引きをしている親父、喋りなら道行く若者たち、ある店では文句を言っているおばさんの姿も見えた。そんな喧騒の中を2人は、この街に来た時の門に向かって真っ直ぐに進んでいった。
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