1-3.アンカーソンヒル
二人は街道を往く。眼前にはこんもりとした丘をぐるりと囲うようにそびえる城壁。城塞都市、アンカーソンヒルだ。土着の名士、ハロルド・アンカーソン公爵の治める都市だ。この地域はアンカーソン公爵の直轄領で、ロラン研究所も公爵領に属する。アンカーソンヒルはほぼ円形の丘のを囲う城壁の中にある街で、丘の頂点の公爵邸から放射状に街路が伸びる。貿易の中継点であり各地から流れ込む品物や外貨のおかげで国内でも有数の豊かな都市だ。2人は公爵への挨拶がてら、雑多なものを買いに来たのであった。
「おや、ロラン先生、それにアルヴィンさんも。お久しぶりですね」
門衛が声をかけて来た。
「久しぶりだね、トマス君。どうだね、最近変わったことはないかい?」
門衛は街に入る者も出る者も常に監視している。怪しい動向があればすぐに嗅ぎつける。おまけに各方面から訪れる商人や旅行者に世界中の情勢を聞くことができる。そういう意味では門衛は街でもトップクラスの情報屋といって差し支えないだろう。
「そうですね、この街は今のところ平和ですが、南のロースター家とノートン家の戦争は激化しているようですよ。なんでもロースター家の抱える騎士が3名待ち伏せにあって殺されたとか。これはロースター家には少々厳しくなって来たというところでしょうか。その地域から交易品を入れにくる商人からの確かな情報ですよ」
ロースター家とノートン家は南方の豪族で古くからその地を治めている。南方には古代の遺跡も多く、ロランにとって両家の戦争はいい傾向とは言えない。遺跡の略奪やキャンプとして利用されたりして遺跡そのものが踏み荒らされてしまう危険のほか、両家が所有している石板も略奪、破壊の対象になりかねない。
「なるほど、南方の治安悪化は私としては困った事態だな…しかしなぁ…」
「先生?まさか、やめてくださいよ?私はごめんですよ」
アルヴィンは何かを察したようにロランを諭す。しかし…
「行こうか、アルヴィン、南に」
「だと思いましたよ…勘弁してくださいよ、言っても聞かないくせに」
こうして二人は南へ向かうことになった。となると物資を揃えなければならない。それに移動のために馬も用意する必要がある。馬はアンカーソン公爵に頼めば手配できる。彼らは公爵邸に向かった。
「アンカーソン公爵閣下、お久しぶりでございます」
アンカーソン公爵は実にベストの似合う背の高い筋骨隆々な男だ。好感的な気持ちのいい男でもあった。
「ロランじゃないか!久しぶりだなぁ!お前が俺のところに訪ねてくるなんて何年ぶりだ?それにお前、閣下なんてやめろ、先輩でいいさ」
「では、先輩。お久しぶりです、あれから早六年になりますか」
ロランとハロルド・アンカーソン、実は大学時代の先輩後輩の仲である。ハロルドは大学時代、公爵の息子ということもあり非常に裕福であったが、それにつけて気取った様子は全くない青年だった。そんな人柄もあってか、皆にしたわれ卒業後、男爵の爵位を戴いてからは多くの後輩が彼の旗印のもとに集まった。ロランは大学在学中、ハロルドには大変にお世話になった。
大学で考古学を学ぶロランと、政治経済学、戦術論を学ぶハロルドは、一見するとまったく接点が無いように見える。しかしハロルドの学ぶ政治経済学や戦術論は古代の知識を要する範囲も多く含まれていた。石板に記された古代の記録を読み解き、それを現代の政治に活かす。ロランとハロルドの二人だからこそ成り立つ古代の知識の復活だったのである。
「もう六年になるのか…早いもんだな時間の経つのは」
「ええ、本当に時間が経つのは早いですよ。当時の仲間も今ではどこにいるのやら、連絡も取っていませんよ」
六年前、東方遠征と称する国を挙げての侵略戦争があった。公爵として領地を持つハロルドは当然出兵した。彼の率いる軍は私兵と帝国軍第七中隊、そして彼の旗印を掲げる旗手たちだ。ロランはハロルドに召還され、ハロルド自ら務める全軍参謀の補佐の任に就いたのだった。
「あの戦争はなんのためにやったんだろうなぁ…本当に大勢が死んだ。東方遠征なんて、増えすぎたていのいい国民の口減らしだ」
ハロルドはぼやいた。当時を思い出して苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「すまんすまん、感傷に浸ってしまった。で、今日はどうしたんだ?わざわざ俺のところに来たんだ、何か用か頼み事でもあるんじゃないのか?」
直感に優れた男である。彼が人々から慕われるのも納得だ。現に自分もそうである、とロランは思った。
「さすが先輩ですね。その通りです。実は、馬を二頭、安く頂きたいのです」
「馬か。確かにお安い御用だがどこか遠くへ遠征でも行くつもりか?」
「ええ、南に」
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