第30話
サイレンと共にベンチからの野次もひどくなる。久留美は真咲のサインに頷く。初球はもう決まっていた。
投球フォームは変わらず直前までそのまま、体重を前に移動させて高く上げた足が地面についたその瞬間私は手首に意識を入れる。
腕の振りはストレートの時と比べて若干遅く投げた。ボールは空高く舞い上がり、ほとんど回転のないままゆっくりとホームベースをかすめて真咲さんのミットに吸い込まれる。
高々と球審の腕が上がり一瞬慶凛大のベンチが静まる。
「我ながら秘球ハエどまりいい名前ね」
りかこは挑発的な笑みを慶凜大のベンチに向ける。
「ナイスボールですぅ」
真咲が勢いよくボールを投げ返す。一番驚いていたのはバッターだ。目線を少し上げて久留美が投げたボールの軌道を眺めている。
「前田~なめられてんじゃん。そんなふざけた球打ち返せよ」
静まりかえったベンチがまたうるさくなってきて久留美はすぐに投球モーションに入る。
「こいつまた」
秘球を続ける久留実にバッターは鬼の形相で打ちにいくがタイミングが合わず空振りする。
追い込んだ。
「久留美ちゃーん決めちゃえ」
あんこの声に頷いて腕を振り下ろす。
バシィィィィィィィィ。
ど真ん中にピタリと吸い込まれたストレートにバッターはバットすら振れなかった。審判の腕が上がる。見逃し三振。
よっしぃ。
光栄ナインから思わずこぼれる雄たけびに気持ちが乗った。その後も私は秘球ハエどまりスローボールとストレートを混ぜて打者を翻弄初回を三者三振に切ってみせた。
「一巡目はこの調子でいきますよ」
ベンチに戻り久留美はさっそく真咲と秘球を投げたときの感覚の良し悪しを確認して次のバッターの初球の入りの打ち合わせをする。
野手は円陣もそこそこに今日一番に入るソヒィーに声援を送る。
「く~ちゃんよーく見ててよぉ、慶凛大学のピッチャー鳴ちんのピッチングを」
美雨が真剣な眼差しでマウンドを指差す。
右投げ。身長は女子選手にしては高く一七〇センチほどで髪の毛をまとめて結っているのか帽子が少し浮いていた、
ユニフォームの上からでも分かる大きな胸にがっちり(むっちり?)としたお尻。よく見ると髪も染めていている。雰囲気からしてエロい感じのお姉さんという印象だった。
「気に食わないわ、みかこのやつあんな派手な身なりでピッチャーをなんだと思ってんの」
りかこがぴりぴりし始めた。
二人の間にどんな確執があったのかは知らないがなんとなくかみ合わないのは分かる。
「みかここっちも三振スタートだよ」
「ぶっちぎれ」
鳴滝は内野陣にピースサインするとゆっくり振りかぶる。
足を振り上げたときに腰を曲げ膝が大きな胸にあたるまるでメジャーリーガーのようだ。
一呼吸おくと軸足の膝が折れ上体が低くなるそのまま足が地面につくと腕を勢いよく振り下ろした。
低い。
そう思いソヒィーはバットを止めた。
ストライク!
低めいっぱいのストライクの判定にソヒィーさんはこちらを向いて人指しを上げる。すごい伸びだと伝えた。
「にゃは、スピードは久留美の方が速いけど球の回転数は鳴滝の方が多いにゃー」
詩音がつぶやく。たしかにすごい伸びだった。
ソヒィーは二球目、三球目をファールにして粘りを見せる。鳴滝はキャッチャーのサインに一度首を振るとにやりと笑って四球目を投げた。
コースは真ん中。ソヒィーのスイングの軌道は完全にとらえたがボールはバッターの手元でグワンと変化しバットを避けるように斜めに落ちた。
ソヒィーのバットが空を切る。すごい落差だ。
「去年よりさらにキレを増してますね」
真咲は深刻な顔で言った。あの球はいったい。
「シンカーよ。しかもストレートと変わらないスピードで変化する高速シンカー」
りかこはマウンドを睨む。
すると鳴滝もこちらのベンチに視線を向けてグローブを前に突き出す。
「なめてかかると完全試合喰らわすわよ!!」
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