第十二話 荒神と人身御供⑤

第十二話 荒神と人身御供⑤


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 た、助かったぁ。

 そうか、警護兵団とは別口で、刑務官としての監視業務で私のこと見張ってたんだな。

 そのおかげで私の危機を察して、ここまで追いかけてきてくれたのか。


 あーよかった。

 方向音痴で遭難しかけの私とはちがって、スヴィなら空間認識能力にも長けていて地図にも強そうだし、こいつについていけば、みんなの所にすぐに帰れるだろう。

 刑務官って存在も、たまには役に立つもんだなぁ。


「壽賀子……無事ですか?怪我は?」

「ああ、平気だよ」

「腕に縄の跡が……それに、足に血が……」


 たしかに二の腕には、縄の結び目の跡がうっすらと赤く残ってしまっていた。


「……誰に傷つけられたんですか」

 い、いや、ちがうんだ。

 敵にやられたのは親指の先、米粒大の傷だけなんだ。

「そ、それが。失敗して、足のこれは自分でやっちゃったんだ。縄を切る時に、小刀の使い方に慣れてなくて、だなぁ」

 は、恥ずかしいこと言わせんなよな。刃物の扱いに失敗して自らで切っちまった、なんて。

 雨で滲んで、よけいに血量が多く大袈裟に見えてるのかもしらんが、そこまで痛くないし、あんまりたいしたことないんだがな。

 


 刑務官スヴィドリガイリョフは、すぐに私をそのへんの岩場に座らせた。

 とりあえずの応急処置をしてくれるらしい。

 手拭いを裂いて紐状にし、ぎゅうぎゅうに太腿を縛りつけ、止血をするのだった。


「……猟師小屋付近の警護兵たちを襲撃し、あなたを拉致監禁していたのは、組織の首領ジュドーと、そして……シンギュラですね」

 スヴィドリガイリョフは、暗い眼差しを私に向けたままだった。


「助けに行くのが遅くなりました……すみませんでした、壽賀子。私がもっと早くに駆けつけられていれば、こんな傷をつけることもなかっただろうに……」

 深刻そうな面持ちで、そんなことを言って謝ってくる、刑務官スヴィドリガイリョフ。

 な、なんだ、こいつ。

 いつもの氷のように冷たい辛辣な言動とは、別人のようだな。


「ジュドーといい、シンギュラといい……いよいよもって許せませんね。本格的に中央に応援を要請して、徹底的に二人を追い詰めて確保します」

「あ、あのさ、それが、シンギュラ姐さんは途中で私を助けてくれたんだよ」

「……それがなんですか。あなたは、どちらの味方なんですか」


「いや、それが、彼女は、私に危害を加えたいわけじゃないみたいだし……。その……お慈悲を、っていうか、私も、前回ちょっと態度に優柔不断なとこがあって、断りきれなかったとこもあって……仲間になることを彼女に誤解させちゃってたというか期待させちゃってたとこがあるかな、って……。い、いやぁ怒られるかと思って言ってなかったが、前回彼女に会った時に、お菓子で釣られそうになったことがあってなぁ……。な、なんだよぉ、呆れるなよ……。だ、大丈夫、今回は、はっきりと断れたから、更生したし心を入れ替えたから仲間にはなれないって、ちゃんと言えたから…………」


 しどろもどろと言い淀みながらも、そこまでを、スヴィドリガイリョフに伝えようとしていた。

 だが、そこで遮られた。

 私の両の肩から二の腕にかけてが、彼の大きな手で、がっしりと掴まれていた。

 それは、とても力強く。


「あ、あの、スヴィ?」

「壽賀子……」

「い、痛い」

 スヴィドリガイリョフは、まっすぐに、私を見つめた。

 こんな彼の表情は、初めて見るかもしれない。

 至極まっとうな、生きた人間らしい、感情表現の豊かな顔つきだった。

 いつもの冷徹な刑務官の顔とは、まるで別人のスヴィドリガイリョフだった。


「い、痛いんだが」

「すみません……」

 彼はすぐに俯いて顔を伏せた。

 そして小さな声で謝り、力を弱めてくれた。


 もう痛くはない。

 だが、変わらず、私の肩から二の腕にかけての部位はそのまま、彼の手で掴まれたままだった。


 私の二の腕に残された、ほんのりと赤い縄の跡。

 それを、彼は撫でさすった。いたわるように、だろうか。

 ゆっくりと優しく、私の腕を覆っていた。


「……他には?」

「え?」

「……他に、彼らに何をされたんですか?」

 スヴィドリガイリョフは俯いたまま、顔を上げずに私に詰問をするのだった。


「いや、特に、べつに。鉤の先で引っ掻かれたくらいで」

「……どこを?見せなさい」


「親指の先だよ、米粒くらいの傷だ」

「……他には?」

「首は、締められてないかな。首筋に手をやられただけだった」

「……何ですって?」

「い、いや、耳舐められただけだよ」

「……は?」

「いや、だから、耳たぶをかじられたり、耳の穴にべろ突っ込まれたり」

「……あ、ああぁ」

「どうした?」

「……なんてことを……!」


 刑務官スヴィドリガイリョフは、小刻みに震え出した。

 降り続く雨に打たれ続け、頭から水浸しだった。

 顔を流れつたう雨の水もかまわずに、不穏当なことを呟き始めた。


「……なんてことを!縛りあげた上に、耳孔まで犯すとは……!あいつら、許さない!」

「な、何言ってるんだ、耳だろ、ただの耳」

「あなたは、ことの重大さをわかっていませんね、壽賀子!縛られた上に、もっとも慈しむべき崇高な迷走神経、感覚受容体、連想性感帯を弄ばれたんですよ?もっと怒り、嘆き哀しみなさい!」

「さっきから何言ってるの、おまえ」

「あいつら緊縛までした上、さらに耳の貞操まで奪うなんて!なんてことだ!許せない!」

「おまえ、どうしちゃったの?」

「……ああ、私の壽賀子が……縛られた!捕縄術を駆使されて、私の壽賀子の耳孔が凌辱されてしまった!あああ、あいつら!殺す!地獄の果てまで追いかけて償わせてやる!」

「おい、誰がおまえのだよ。おまえ、いつもそんなこと考えてたのかよ」

 

 一体どうしちゃったんだ、こいつは。

 感情的衝動的直情的。まるで別人だ。

 これがプライベートでの、私的なこいつの顔なのだろうか。普段は職業柄、任務上、感情を表に出せなかっただけなのか。本当の性格は、素の表情は、自然体では、こんなふうに人間味あふれる等身大の男だったのだろうか。


 私の両腕を掴み続け、真正面から向かい合ってくる刑務官スヴィドリガイリョフ。

 顔を上げ、まっすぐに私を見つめ始めた。


「壽賀子……私は……」

「スヴィ?」

 雨は降り続いたまま。

 雨足はさらに激しくなり、雷の音も大きく近く、頻繁に鳴るようになっていた。

 

 私はびくっとその身を強張らせた。

 反射的に、スヴィドリガイリョフはその手を離して後ずさった。



 その時だった。

 あたり一面が、まるで時が止まってしまったかのように一瞬、カッと光ったのだ。

 そして、凄烈な雷鳴。


 ガシャーン!ガラガラ!という凄まじい轟音。


「わ、わああぁ⁈」


 わああ、これは大きい!落ちたのか!

 けっこう近いぞ!




「壽賀子、あなたが逃げてきた方向ではないですか?」

「そ、そうかも!」


「そっとですよ、私の後をついてきなさい」

「う、うん」

 スヴィドリガイリョフは、もう、いつも通りの彼だった。

 さっきの、まるで別人のようになった衝動的な彼ではない。

 いつも通りの、刑務官スヴィドリガイリョフだ。


 正直、まだ少し気まずいが……そんなことを言っている場合ではない。

 彼について行かなければ。

 雷が落ちた方向の様子を見て、状況を確認しなければ。



 落ちたほうに向かってみると、たしかに廃屋があった。

 ジュドーたちのアジトである、その建物。

 私たちは、呆然と、惨状を目の当たりにする。直撃雷での被害状況を。

 凄まじいまでの雷害の悲劇が、そこにあった。


「荒神様……まさか、本当にいたのか?」

 こんなピンポイントに、雷が落ちるなんて。


 荒神の名を騙ったから、怒りをかったのだろうか。

 私の姿が見えないことに気がついて、二人は建物内から外に探しに出ていたのかもしれないが、そのまま、中にいたままだったのかもしれない。

 黒焦げになった建物内部には、何人かの遺体があった。


 その中に、シンギュラねえさんやジュドーのものがあるかどうかは……もはや判断しようがなかった。


 つづく!  ━━━━━━━━━━━━━

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