第十二話 荒神と人身御供③

第十二話 荒神と人身御供③


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「ちょっ、痛い。せめて、ゆるめてくれよ」

「僕たちの仲間になることを承諾すれば、この縄は、ほどいてやろう」


 私は、柱にぐるぐるに括りつけられたまんま、座らされていた。

 ジュドーは私の目の前にひざまづくと、縄の結び目を少しほどき、多少ゆるめてはくれた。

 しかし、拘束の解除はされないまま。

 私は逃げ出すこともできず、身動きもろくにできず、彼と話をするしかなかった。


「壽賀子、おまえは、異界の者なのだそうだな。かわいそうに。元の世界に戻りたいことだろう」

「……いや全然」


「強がるな。おまえの望みは、元の自分の世界、異界に帰ることなのだろう?」

「……いや、全然ちがう」


「どうかな?僕の組織ならば、異界の裏社会への繋がりもある。向こうの戸籍を都合させることもできる。こっそりと、おまえを逃してやることも可能だ」

「……いや、いらないって」


「僕と取り引きをしないか?僕たちの組織は今、さる上客に雇われている。それは、聖者フューリィを教団から引き摺り下ろそうと企む一派だ。僕たちの仲間になって、僕の言うことを聞いてくれたら、おまえの望みも叶えてやろう。すなわち、おまえを元の世界に帰してやろうと言っているんだ」

「……いや、だから、いらんって」


「僕の手足となり言うとおりにしていれば、すぐに目的を果たし、異界へと帰界できるだろうよ」

「……いや、ほんと、別に帰りたくないんだが」


「聖者の供の者ならば、懐に潜り込んで危害を加えるのも容易かろう。しかし、おまえは、ずいぶんと聖者フューリィに慕われているようだ。おまえが気が咎めるというのであれば、危害を加えずともよい。女の色香でいいように誑かして、そのまま道を踏み外すように仕向けよう。女にとち狂った聖者の堕落ぶりを、決定的な瞬間を、大々的に扇情的に民衆どもに訴える瞬間を考えてやれば、それでいい」

「……だからさぁ、そんなんしないって。話聞けよ、あんたなぁ」


 もぉぉ。話噛み合わねぇなぁ。

 しかし、この男。

 悪党組織の首領、ジュドー。

 こいつの雇い主は、聖者様の失墜を企む一派、と言った。


 幸いなことに、この男自身には、聖者様に対する敵意はないようだった。

 目的さえ達成できれば、危害は加えなくてもよい、という考えらしいのだ。

 まあ、そこはひと安心だが。


「それにしても、おまえは不思議な反応を示すのだな、壽賀子。僕は、どうやら女性から見てすこぶる魅力的な男らしいんだがね。今まで、僕を前にして頬を赤らめなかった女性など、数えるほどでしかないのだが」

 は、はぁ?

「そうとうな変わり者とか、男性嫌いとか、そういった特殊な例を除くと……。壽賀子、おまえは、なんだろうな。異界の者だからだろうか。僕の姿を見ても、瞳を潤ませたり、頬を赤く染らせたり、恥じらったり、股を濡らしたり……そういった、僕に好意を示す態度が一向に見られないのはなぜだろうか」


 うわ、なんだ、こいつ。

 誰かを思い出すナルシストぶりだぜ。

 聖者様とタメを張るくらいには、その風貌は、たしかに特に異性を惹きつけるだけのものはあるのだろうけど。


「なぜだ?どうして、おまえは僕に惹かれないんだ?」

 なぜ、とか訊かれても。

 私、面喰いじゃねぇし。容姿至上主義でもルッキズム肯定派でもねぇし。そりゃあ芸術品や美術品、綺麗な物は眺めていると楽しいって感覚はわかるが。

 しかし、っていうか、聖者様といい。美形ゆえに調子乗ってるナルシストぶりを見せつけられるとさぁ、途端、萎えるものなんじゃねぇかな……。その長所が、短所に変わる。

 悪癖にすら感じてしまい、やっぱ美形男嫌いだなぁ、って、なるわ。


「では、本当に?どうあっても僕に協力するつもりはないと?」

 ジュドーが念を押すように、しつこく問いただしてくる。

「壽賀子、おまえが、僕の頼みを聞き入れてくれる素直で従順な娘であればよかったんだがね……残念だよ」

 ん?


「おまえを懐柔するのはあきらめて、他の手段に移るしかない」

 えっ、他の手段?

「なるべく手荒な真似はしたくないんだが、仕方ないな」

 ええっ、手荒⁈

「そう頑なに反抗されるというのであれば、多少は、痛い思いも覚悟してもらわなければな」

 ええっ、何を⁈痛い思い、だとぉ⁈


 ジュドーが取り出したのは、手のひらサイズの金属製の鉤。先が屈曲した釣り針のような器具だった。フックの先端は鋭く尖って針になっている。


 な、何その武器⁈

 縄でぐるぐる巻きにされている私の上体。ジュドーは、私の右手をとり、その親指を掴む。鉤の先端部を、親指の腹に押し当てた。


 ぎゃああああ!

 親指の先端部、指の腹のほうを、鉤の先が触れた。

 小さな米粒ほどの血がにじむ。

 傷口にして、わずか1ミリほど。

 血量にして、直径せいぜい2ミリほど、だが。


「うわああああああああああああ!」


 私は、あまりの恐怖に泣き叫んでしまっていた。

 あとで改めて冷静に考えれば、そんなたいした傷ではなく……拷問とか危害とかいうほどの暴行では、ない、のだが。


 ジュドーは、そんな私の姿を見下ろす。

 そして、ほっとしたような表情を見せるのだった。


「よかった。これ以上続けなくてもよさそうだ。鉤の先で引っ掻いただけだが……痛みにも、血にも、ずいぶんと弱いみたいだな。では、これで僕に協力をする気になったかな?」

「おおおお断りだぁ!」

「なぜだ、まだ拷問されたいのか?」

「許さないからな!私にこんな怖い思いさせて、痛いことしやがって!おまえなんかの言うこときいてたまるか!」


 ジュドーは、挙動も会話も静かで、とても落ち着いている。

 それなりの風格と器も感じさせる。経験値に裏づけされた説得力と、威厳。

 表社会においても十分に存在感を示すであろう、その風貌。そして、長いこと裏社会に溶け込み精通している生き様による、どこか得体の知れない、不気味な凄みがあった。


 私はやっと、このジュドーという男の恐ろしさ、闇深さ、業の深さを思い知らされた。

 静かでおだやかに見えても、やっぱり、そこは悪党の首領なんだ。

 こ、怖い、怖い!

 し、しかし!負けてたまるかぁ!


「強がってないで、大人しく僕の部下になってくれ。僕も、これ以上の本格的ないたぶりは、趣味じゃない」

 言いながら、ジュドーは、今度は私の首元に手を伸ばし始めた。


 わああ、今度は、首絞めか⁈

 頸動脈を攻めてくるのか⁈


 ……と、思われたが、そうではなかった。

 彼は、私の首筋から鎖骨にかけてを、ゆっくりと撫でた。

 そうして自らの顔を右に傾けながら、私の左耳に寄せてくるのだった。


「壽賀子……僕の言うことを聞いてくれ……」

 耳元で囁いて、そのまま熱い息を吹きかけてくる。

 彼の唇と舌先が、私の耳介に触れていく。耳輪、対耳輪上脚、対耳輪下脚、耳珠、耳甲介、耳という耳のあらゆる部位を舐め回していく。


「ややややめろぉぉぉ」

 ジュドーはやめなかった。

 そればかりか、耳孔に舌先を入れたり、耳垂を咥えこんだり軽く噛んだりと、その行為は度を越していった。

 

 う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 何するつもりだ、こいつ!


つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━

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