第八話 女囚と仲間たち④

第八話 女囚と仲間たち④


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 夕暮れ前から始めた、晩の食事の宴。

 その分、早めに切り上げられ、各自解散となった後は、みんなの自由時間になった。

 その時間。

 ミュリュイちゃんは、就寝前に肌のお手入れをしたがる女官らに呼ばれて、お世話を焼くのに忙しいらしかった。


 私は一人、ランタンを手に、少し離れた高台のほうに向かった。

 そこでグエンが、見張りの当番をしていると聞いたのだ。


「どうした?何かあったのか?」

 私が姿を見せると、グエンは少し驚いていた。


 焚き火を囲んで、二人向かい合って、座る。

 空には満点の星空が広がっている。


「なんだよ、見張り当番につきあいに来てくれたのか?話し相手になってくれるのか」

「うん、まあ」

 二人きりで話すのなんて、久しぶりだ。

 やっぱり少しは緊張してしまう。


「つまらないだろう、こんなところ。みんながいる賑やかな場所へ戻っていいんだぞ」

「いいんだよ、昼間のことも話したかったし」

「昼間?ミュリュイちゃんさんのことか」


「グエンって、ミュリュイちゃんには遠慮がちっていうか、大人しい、優しいというか、紳士的だよなぁ」

「そりゃあ、そうだよ。おまえの、こっちの世界でできた大切な友達だろう?もし俺が失礼なこと言って怒らせでもしたらさ、そのせいで仲が拗れでもしたら、おまえに顔向けできないだろうが。そりゃ気を遣うよ」

 それでも、あんまりにも態度や扱いちがうくて納得できんのだが。


「彼女相手には、低姿勢というか下手に出てて媚びてるというかさ、私に対する態度と全然ちがうぞ。私には、初めて出会った時、ひどい対応とりやがったくせに」

「あれは、おまえがフューリィ様に手を握られて今にも接吻しそうなくらい近づいてたからだろうが。今、ミュリュイちゃんさんが同じことをしていたら、やっぱり俺は、彼女相手にでも、どついて床に倒してでもフューリィ様から引き剥がしてるんだろうよ」

「そ、そうか」

 まあ、それが仕事だからな。

 剥がし任務。


「あの時のことは悪かったよ。何度謝ったら許してくれるんだよ」

「もう怒ってはないよ」

「でも、そうだな。あの頃よりかは、俺も少しは丸くなったのかもしれない。あの頃、俺には囚人に対する偏見や差別的な感情がたしかにあったんだ。おまえと話すようになってからだな、色んな事情や複雑な背景があることを知って、見方が変わったのは。今、俺のミュリュイちゃんさんへの態度が柔らかく見えてるのなら、それは壽賀子、おまえのおかげだよ」


 グエンは、焚き火を眺めながら、穏やかな口調でそんなことを語った。

 そして、こう続けた。


「……なんだ、もしかして、妬いてくれてるのか?」

「えっ」

「俺の、他の女への態度が気になるって。そんなにも、しつこく問いただすって。それって、嫉妬、なんじゃないか?」

「ええ、これが、この感情って、嫉妬?ヤキモチというやつなのか」


 ジェラ!ジェラシー!

 ジェラるとか、聞いたことあるぞ!ジェラしい!ジェラられる!ジェラってしまう!とか!ジェラい!ジェラくるしい!とか!


 私は混乱した。

 立ち上がって、焚き火から少し離れたところまで深呼吸しに行く。


「待てよ、壽賀子」

 グエンがランタンを持って追いかけてきた。

 私は、彼の顔をまともに見れないでいた。


 こ、困った。


「あれを見てみろ、少し渋いかもしれないが、食えそうだよ」

 グエンがランタンをかざした先。

 そこにあるのは、現在いる高台から、さらに高所に位置した木々、落葉高木だった。

 木々にはいくらか、鮮やかな色味の実が成っていた。


 おお、果実だ。フルーツだ。


「ちょっと持ってろ」

 言って、ランタンを私に手渡すグエン。


 投げナイフ一本で見事に命中させ、見事に落とし、しっかりキャッチする。

 すぐさま手持ちの小刀で器用に種と皮を取り除き、残った可食部分を手皿に盛ってくれた。


「ほらよ、食えよ」

「果物だ、ありがたいなぁ」

「おまえ、こういうのも、すごく好きだよな」


 うん、そう。

 刑務所でも滅多に出なかったし、向こうの世界にいた頃もなぁ。

 食べたくなっても、一人暮らしだとなぁ。

 高級品ってのもあるが。


「皮剥いたり種取ったり切って盛り付けたり、生ゴミ処理したり、包丁とまな板と皿とフォーク洗ったりするのが、とにかく面倒で億劫で。なかなか食べるためのハードルが高くてなあ。結局年に一回食うか食わないか、ってかんじだったんだよなぁ」

「そ、そうか」


 こんな手間暇かかる面倒なことを、誰かがやってくれるってこと、ものすごいありがたいことなんだなぁって、今ではすごく思うんだよな。

「誰かが隣で、果物剥いてくれるって、すごく嬉しいことだよな」

「俺も、おまえが隣で、美味そうに食ってるのを見るのは嫌いじゃないぜ」


 私が頬張っていると、グエンが、口元に滴った果汁を拭ってくれた。

 

 空には、満天の星空が広がっている。

 細かい星々が散りばめられた、贅沢な天然、自然のプラネタリウム。


 美しい情景を二人で眺めながら、澄んだ空気を思いきり吸い込んだ。


「恋愛って、こんなかんじなのかな。こういうのが恋人同士の時間なのか。デートって、こんなふうに時間を過ごすもんなんだろうか」

「そうだな、少しずつ知っていけばいいよ」


 残りの果肉を私の口元に放り込むと、グエンは優しく微笑んだ。


 もぐもぐと味わい、飲み込んだ後、

「……グエン……」

 私は言いかけた。

 何か、気の利いた言葉を彼に掛けたかった。


 私たちは、しばらく、そのまま見つめあっていた。


 彼から目が離せない、何かを言いたかった。


 言葉は出てこなかったが、言いたい気持ちが、たしかにあった。



 そうしていると……。


「わあ美味しそう〜!壽賀子ちゃんにいっぱい食べさせてあげなきゃ〜」

 暗闇で、きらりと光る、刃物の反射光。


 あっという間にナイフを投げて、果実を収穫、皮剥き種抜き下処理を済ませて、浅めに彫った手製の木皿に盛り付ける。

 ミュリュイちゃんが、いつのまにかそこに立っていた。


「ミュ、ミュリュイちゃん!」

 う、うわあ、びっくりしたぁ!

 いつのまに!


「さあ壽賀子ちゃん、食べて食べてぇ〜」

 目にも止まらぬ素早い小刀使い。どこで収穫してきたのか、数種類の果実が集う。

 あっという間に、飾り切りした華やかなフルーツの盛り合わせが出来上がっていた。


「あーら、グエンさん、奇遇ですねぇ、あたしも果物剥くの得意なんですぅ」

「へ、へぇ、俺もけっこう自信あるけどー」

 意味もなく、果肉の桂剥きを始めるグエンだった。


 な、何やってんだ、あんたら。


 対抗するように今度は、ミュリュイちゃんが超高速ささがきを始める始末。

 や、やめろぉ!

 果物は嬉しいけども!


 は、張り合うなよぉ、二人とも!

 なんで小刀武芸大会とか、果物小間切れパーティになってんだ!

 まったくもう、やれやれだぜ!

 

 そんなこんなで。

 私は、つい先ほどグエンに何か言いたかったことを、忘れてしまったのだった……。


つづく!  ━━━━━━━━━━━━━━━━━

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