第二章

6話

第六話 聖塔と俗物①

 第六話 聖塔と俗物①


 ━━━━━━━━━━━


 聖なる塔がそびえ立っていた。


 その聖塔の立地は、けっこうな僻地にあったが、霊験あらたかな修行の場として、とても有名だった。

 なんでも、とても癇癪の激しい女神様が祀られているという。

 転じて、戦の勝利や、やる気アップ、試験の合格などを祈願しに、国内外から訪れる参拝客は少なくなく、広く民衆にまで信仰されているのだという。


 だが、一般参拝客の参ることができるのは、塔から少し離れた場所に設けられた参拝場のみだった。

 塔の周りには規制線が張られていて、一般参拝客は、それ以上の立ち入りが禁じられている。

 管理者の老人が定期的に見回っており、無作法者が規制を乗り越えようとするたび、不気味な言葉を投げかけるのだった。


「俗物が近づくと、呪われますぞ」


 え、ヤッベェ。

 私、絶対呪われるやつ。

 後ろのほうに控えておこう。こそこそ。

 警護兵団のみんなと、ここで一緒に待ってることにしよう。


 昼過ぎのこと。

 私たち一行は、この聖塔周辺に辿り着いた。

 規制線を前にして、勝手がわからず、みんなでキョロキョロあたりを見回していた時のことだった。


 管理者の老人は、聖者様の姿を目に入れるなり、途端、衣を正した。

「おお、これは高名な聖者殿と見受けられる。さあ、どうぞこちらへ」

 聖者様が挨拶をすると、老人は、和かな笑顔で出迎えた。

「フューリィ様とおっしゃられるか、さあさあ、どうぞ」


 いそいそと規制線を外して、中へと通す準備を始める。

 塔の上には、すでに何人かの先客がいるらしく、中へ入れないでいる供や護衛の者たちの何組かは、そのあたりで手持ち無沙汰そうに待機していた。


 みんな退屈そうに暇を持て余しているようだったが、この見上げるばかりの高い塔である。絶対、階段がキツい、長いのである。

 塔に近づけなくて、登れないのは、ラッキーなんである。

 やったね、お咎めなく堂々と、おサボりタイムができるわけだぜ。


 ふぁーぁ、っと。

 私も、このあたりでしばらくボーッとうたた寝でもした後は、参拝場のほうにある土産物屋でものぞいたり、露店で甘シャリスィーツドリンクでも買い食いしたりするかなぁ。


 一方、聖者様はさっそく、塔の頂上にあるという修行場を目指し、一人で階段を上って行く。

 ははは、ご苦労なこった。

 行ってらっしゃーい。


 聖者様が階段を何段か上がったその後を、グエンがついていこうとした。

 すると。

「ああ、お待ちを。僧兵の方ですな。あなたは、やめておいたほうがおよろしいかと」

 止められるグエンだった。


「自衛武装はしているが、俺も僧侶のはしくれだぞ。大丈夫だ」

 おかまいなく、といった手振りで、管理者の老人による制止を華麗にスルーする。

 自信満々な表情で進むグエン。


 止められたのは、なんとなくわかる。


 僧兵とは、教団の私兵である。

 一応は僧侶であるのだが、武芸を修練し戦闘に従事する兵隊としての側面のほうが強い。そんな存在である。


 僧兵には、そこまで厳しい戒律は求められていない。

 破戒僧とまではいかないが。

 瞑想も修行も読経も行儀も作法も、効率化簡略化。自己流の解釈でもって、なあなあ。うやむや。

 生臭喰うし、酒も嗜むし、女性関係もだらしない者も多いと聞く。

 高僧である聖者様と比べるまでもなく。

 はっきり言って、俗っぽい。


 熱心な信者と一般人との、ちょうど中間あたりに位置している。

 その分彼らは、日頃の鍛錬や武力でもって教団に貢献しているのだから、別にそれでよいのだが。

 だが、こういう、マジメ信者以外立ち入り禁止!みたいなところでは、やっぱり、お断りされちゃうのはしょうがないよなあ。


「……う、うぅ?」

 グエンが階段を二、三段上がった時だった。

 彼は、ふらりと体を傾かせ、呻きはじめた。

「……な、なんだろう、急に気持ちが、悪く……」

 真っ青になっていた。


 眩暈がして吐き気がするという。

 悪心、嘔気が襲いかかってくるという。

 階段を上がることすらできないようで、その場にへたりと座り込んでしまった。


 え、えええ、なんだこれ。

 呪われる、って、これ?


 何か、不思議な力が、たしかに働いているようだった。


 試しに、警護兵団のみんなが近づいてみたが、同じ結果だった。


 みんな乗り物酔いでもしたみたいに、ふらふらになって、苦しそうにしている。

 悪寒を訴え、紫色になった唇をカタカタと小刻みに震わせたり、寒気がすると言って、防寒用の外套を着込みだしたり。


 わああ、辛そう。

 私は絶対近づきたくねぇや。

 っと、決め込んでいたのに。


「……す、壽賀子、おまえなら進めるかもしれない……行ってみてくれ……」

 グエンは青い顔をしたまま、ふらつきながらも、私の背中を押してきたのだった。


「えええ、嫌だよ!私だって無理だよ!罪人囚人って、俗物の権化じゃねぇかよ!絶対呪われて吐き気もよおすやつじゃねぇか!」

「……頼む、行ってくれ……フューリィ様お一人で上がらせるのは心配だ……」

「おぉぉい!やめろぉ!」


 つづく!  ━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る