3、お前の家は術者の家系だろ
「時は金なり、時間は有限、効率よくしなきゃ、急がなきゃ」
ふとした拍子に口ずさむのは、いつからか自分に言い聞かせるようになった言葉だ。
登校の準備をして廊下に出ると、飾り窓から外の景色が見える。朝の爽やかな風に枝を揺らすのは、ピンクの花木。
今年は秋に桜が咲いて、世間を騒がせているのだ。
「いってらっしゃい、桜子ちゃん」
「あっ、キヨさん。いってまいります」
羅道の鞄と自分の鞄を抱えて洋館のエントランスに向かう桜子に、キヨが声をかけてくれた。
「お弁当作ったからね。食べてね」
「キヨさん、ありがとうございます」
キヨは風呂敷包みを持たせてくれた。朝ごはんに、とおむすびも握ってくれていて、ありがたい。雨水家で桜子が生きてこられたのは、優しくしてくれるキヨの存在が大きい。
「鞄をお持ちしました」
「おい、桜子。お前の髪が僕の腕にかかったぞ」
「えっ、すみません」
「まったく……鞄を開けろ」
桜子が羅道のカバンを開けると、羅道は中からハサミを取り出した。
「なにを……あっ」
「ふふん」
羅道は有無をいわせず桜子の髪を素早くつかみ、ジョキンと切った。髪だけではなく、頬にもハサミの先端が触れ、鋭い痛みが走る。指先で触れると、血が出ていた。
編み上げブーツを履いた足元に、はらりと自分の黒髪が落ちる。
「ははっ、お前はすぐ怪我をする。弱い生き物だ。……床が汚れた。三秒で掃除しろ」
羅道は背を向けて、きつねの尻尾を楽しげに振り、歩き出した。そして。
「いーち、にー、さーん! おい。桜子、お前はほんとうにノロマ……ウッ」
三秒数えて数歩歩いて振り返った羅道は、目を丸くした。
「……お、お前」
「はい!」
桜子はあわてて返事をした。
切られた髪は嘆いても戻らない。過ぎてしまったことより、目の前の羅道だ。ご機嫌を損ねると、もっとひどい目に遭ってしまう!
「……ほんとうに三秒で掃除する奴があるか。どうやったんだ?」
羅道が眉を寄せている。桜子はハンカチを見せた。
「掃除用具を取りに行く時間がないので、ひとまずハンカチに包みました」
「……フン。お前ときたら、髪を切られても最近は泣きもしないし、吹っ掛けた無理難題をやっちまうんだから可愛げがないやつ! お前のような可愛くない女、嫁の貰い手もつかないだろうな! ちなみに知ってるか、優秀な術者は切った髪も伸ばせるんだぞ。お前の家は術者の家系だろ、やってみろよ」
「……術は、使えません……」
「ははっ、無能者!」
頭上では、白に近い
門のところには、自家用車が待機していた。
自家用車で送迎されることは富と社会的地位を持っている証なので、羅道はよく自慢している。
「お前、車に毎日乗れるのは恵まれているんだぞ。わかっているか、感謝しろよ」
そう言った羅道のきつねの尻尾が、桜子の腰を巻くようにする。
「あっ」
桜子を自分の隣の席に座らせ、羅道は手を桜子の腰にまわした。品定めするような手つきに、桜子はびくりと身体を震わせた。
「フン。売るにしても、お前みたいな娘にいい値段なんてつくもんか。触ったぐらいでそんなにおどおどするな、うざったいやつめ」
羅道はそう言って手を離し、ポケットから取り出した赤い棒付きキャンディをパクリと口に咥えた。
今までは殴ったりするようないじめ方だったが、羅道もお年頃。最近は眼差しや触り方も、ちょっと危険な雰囲気だ。
「桜子は陰気臭い。人にこき使われてるとそうなるんだ。お父様は僕に
天水家とは、雨水家と同格の妖狐の名家だ。
妖狐一族は満月の夜に一族だけの集会をするのだが、その際に天水家が「皇族のお気に入り」として話題に上がることが多いので、雨水家の妖狐たちは嫉妬しているのだ。
羅道は天水家の令息を「あいつらは天狗皇族の威を借るきつね。情けない」と馬鹿にしたように笑い、車窓側に視線を逸らした。もう外には校舎が見えていた。
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