1、薄幸の少女
時間がない。お金もない。頼れる家族も、もういない。
あやかし族が支配階級として君臨する帝都で暮らす
秋の朝。
天狗皇族が整備した新しい法律に従うならば、本日は桜子の十六歳の誕生日だ。
『
時刻は午前四時。就寝したのが午前二時なので、二時間眠ったことになる。
「働かざるもの食うべからず、何もしなくても時間は過ぎる、お腹は空く。ご飯は無料ではありません、起きなきゃ。寝てはだめ。起きなきゃ」
体はまだ休息を欲しがっているけれど、桜子は独り言を言いながら布団から這いずり出た。長い黒髪をおさげに
衣装棚には、一枚を何度も仕立て直し、継ぎはぎした衣装がある。着替えて向かう先は、台所だ。
生まれは良家の令嬢だった桜子は、両親が亡くなり、この家に引き取られた。そして、雨水家の坊ちゃんの学友のような召し使いのような生活をしている。
「おはよう、桜子ちゃん」
優しい笑顔で挨拶するのは、キヨという名前の年配の
「キヨさん、おはようございます」
キヨが火の準備をしてくれるので、桜子は手早く調理場を清め、食材と調理器具を揃えた。
二人が料理をしていると、酒瓶を持った料理長がやってくる。
「おっ、やってるな人間ども。ひっく」
この家の料理長は、下級あやかし族だ。いつも酒に酔っていて、調理仕事をしているところは見たことがない。
働いている下女の仕事ぶりを監視し、重箱の隅をつつくように不手際を見つけて責めたてるのが趣味で、今も責める理由を探して調理場の隅々まで目を光らせている。
「ふん……埃ひとつないな、つまらん」
料理長が掃除の不手際を見つけられなかったので、桜子は安堵した。けれど。
「ひっく。お前らも仕事がもっと欲しいだろう。増やしてやろう」
料理長はそう言って窯の脇に椅子を置いて座り、持っていた酒瓶を床にたたきつけた。
大きな乱暴な音は、本能的に恐怖を感じさせる。キヨと桜子がそろって身を強張らせると、料理長は「あっはっは! 臆病なメスどもめ!」と楽しそうに笑った。
キヨと桜子は、そんな料理長に対してなにかを言える立場ではない。頭を下げ、恐ろしい目にあわされませんようにと祈りながら、従うだけの立場だ。
「ほうら! 手が止まっているぞ。働け!」
「はい……!」
料理長に怯えながら、桜子は料理を再開した。
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