日本国・魔法の復活ーその1

 西暦2023年某月某日、地球、日本のとある町。


アパートの一部屋で、部屋の主である女性、松井智子は怒りに震えていた。


彼女は派遣社員として働き、生計を立てていた。


しかし、どうにも収入は低いしストレスは溜まる日々である。


彼女は生活を変える術を考え、婚活をすることにした。


結婚して専業主婦となれば、ストレスの溜まる仕事を辞めることができる。


古人曰く、善は急げ。


休日になるのを待ち、結婚相談所へ登録のため足を運んだのが一年ほど前である。




 「はい、それではこちらの書類にご記入ください」


相談所では登録の際、書類に自身のデータや相手に求める条件の設定を要求される。


(名前:松井智子。学歴:専門学校卒。職業:派遣社員。年収:えっと、いくら位だったかな?…約300万。年齢;39歳)


(男性の条件…、そうね、私に釣り合う殿方でないとダメよね。でも高望みはだめね。普通の男性にしておきましょう…。バカは嫌い。学歴は大卒以上。年齢は20〜30代前半まで、清潔感のある人でハゲデブはNGで。身長は170センチ以上欲しいわ。年収は…1000万以上っと。これでいいかしら)


「あの、申し訳ありませんが、弊紹介所ではお客様の条件にあう男性を紹介するのは難しいかと思われます」


「えっと、私条件に合致する男性が現れるまで待ちますから」




 そして智子はなおも渋る職員を後にして帰り、連絡を待った。


しかし、彼女を待っていたのは失望だった。


結婚相談所の婚活アドバイザーはマッチングする相手として紹介する男性は、彼女の基準からするとどうしょうもない男性ばかりだったのだ。


(どうして! こんな! 低スペック男ばっかり! 私に紹介する! クソが! 死ね! 能無しアドバイザーが!)


身長が低い、年収が低い、顔が悪い、学歴がない、息が臭い、デートで割り勘を要求する、年齢が40代、50代…。


彼女は男を採点して、合格点に達した男は一人もいなかったと結論づけた。


もう無能な婚活アドバイザーには任せておけない。


自分でデータを検索して相応しい男性を探すのだ。




 結婚相談所のパソコンでデータを検索した彼女は、理想と言える条件に合う男性を見つけた。


(職業、弁護士。年収約1000万円。年齢30歳。イケメン。見つけたわ! 私に釣り合う男! 待っててね!)


「この人を紹介してください!」


「この方の希望条件にはお客様は含まれておりません。この方の希望条件は20代後半で…子供を二人は産んでくれる女性とのことですね」


「じゃあ仕方ないわね」


智子は潔く諦めたふりをした。


(もうすぐこの相談所主催の婚活パーティーがあるはず。顔は覚えたから、パーティーで彼を落とせばいいわ。私の美しさなら絶対確実よ)


「あ、次の婚活パーティー、参加予約していいですか?」


「はい、それでは手続きさせていただきますね」




 そして婚活パーティーの日がやってきた。


智子は狙った男性と結ばれるべく、持っている一番ファッショナブルな服に身を固める。


もちろんパーティー後にホテルに連れ込まれる事態を考慮して、下着も最もセクシーなものだ。


(もしそうなったら即結婚ね)


会場を見渡すと彼はすぐ見つかった。


(実物は写真よりももっと魅力的だわ!)


智子は運命を確信した。


若い女性と話をしている。


(未成熟な女なんて魅力ないわ。女は歳とともに価値と魅力が増すものよ。顔も私よりずっと劣るし)


「こんにちは! 初めまして! 私、松井智子です! 田中健太郎さんですよね?」


(私を差し置いてブスな女と話すなんてありえない。一気に畳みかけて好感ゲットよ!)


「私、あなたを一眼見た時から一目惚れなんです!」


「私、癒し系って人からよく言われますし、結婚したらきっと仕事に疲れた貴方を癒してあげれると思うんです」


ここぞとばかりグイグイと攻める智子。


立板に水とばかりに次から次へと自分を売り込む言葉を並べる彼女であった。


いかに自分が昔から多くの男性にモテていたか、そんな自分と結ばれるということが如何に幸運な出来事であるか。




 「はぁ…、そうですか」


彼は側から見ると明らかに気が乗らなそうな様子で適当に相槌を打つ。


「あ、あの、僕はこちらの彼女と話したいので…。失礼致しますね」


「それに貴女は自分がものすごい美人とおっしゃいますが、明らかに間違っています。それに服も変ですよ」


そして彼は穏やかに傍に立っていた若い女性をエスコートし智子から離れて行った。


若い女性と話す彼は、側から見れば実に楽しそうで、話は弾んでいるようだった。




 智子は怒りで頭が真っ白になった。


(私が美しくないと言った?! 私の魅力がわからないの?!)


(売女め! 私の婚約者と話すな!)


(そうか、あの女ね! 何か彼にしたのね! でも必ず彼は私と結ばれるの。)


弁護士であることだけは知っているし、この辺りの法律事務所の場所や所属弁護士はネットで調べればすぐ分かる。


急ぎ帰宅し、彼の勤務する法律事務所を突き止めた後、作戦を練ることにした。


そして彼女は自分のアパートで、婚活パーティーの記憶を思い出し、怒りを反芻しているのであった。




 怒っていると突然、奇妙なことが起きた。


何かを感じる。


『何か』としか言いようのない不思議な、何とも言えない未知の感覚だ。


『力』と呼ぶべきものを感じる。


自分には『力』があると思える。


(何かしらこれ?)


何かが出来そうな感覚が彼女の意識を満たす。


『全能感』である。


(よくわからないけど、正しく、苦労して生きている私に、きっと神様がプレゼントをくれたのよ!)


(そうよ、この力であの女をひどい目に合わせてやる。私の彼に変なことをした当然の報いだわ。あの女がいなければ、私と運命で結ばれている彼はあのパーティーで結ばれていたんだから!)




 翌日、会社を適当な理由をつけて少し早めに退勤した智子は、彼の勤務する法律事務所の前で張り込んでいた。


(まぁ、私は弁護士の妻になって専業主婦になるんだから、会社なんて辞めてもいいんだけどね。辞めて彼と結ばれるのに全力を尽くすべきかしら?)


しばらく待っていると、彼が事務所から出てきた。


「あ、橋本さん? 待たせたね」


(橋本って誰よ?)


彼のことで頭がいっぱいで気づかなかったが、彼が声をかけた先にはあの女がいる。


どうやら、待ち合わせをしていたようだ。


婚活パーティーで知り合って一日なのだが、彼らはもうここまで親密になっている!


そう考えると智子の心は、『ブスの分際で身の程知らずにも自分の婚約者に手を出している女』への怒りでいっぱいになる。


そんな智子とは裏腹に、彼らは楽しそうだった。


(彼があんなブスと楽しそうにしているなんて、きっとブスに洗脳されているのね! 私が助けてあげないと! そう! 私には『力』がある!)


智子は二人に近づいた。


(酷い目にあえ! 苦しめ! いっそ死ね! 死ね! 死ね!)


智子の意思により方向性と簡単な構造を与えられた、智子には強力に感じられる『何か』が橋本と呼ばれた女を襲った。


橋本は地面に崩れ落ちた。


「あ?! 救急車を! 警察を! 誰か!」


彼が叫び、スマートフォンを取り出しどこかへと通話する。


救急車と警察を呼ぶのだろう。


通行人が遠巻きに智子を見つめていた。


目には見えないが『何か』を皆感じていたのだ。


橋本が倒れたのは、智子が何かしたためだというのが、その場に居合わせた者たちには判るのだ。


これが日本で記録される、初めての魔法犯罪であった。

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