第58話 君からの最後のエール

 うなだれていた顔を上げると、まだ若干の湿り気を残した瞳がかすかに微笑んだ。

「……ふぅ、見苦しいものを見せてしまってごめんなさい。ここは時間があったら編集できるようにしておこう。

 ……というわけで、たくさん心残りはあるんだけど、それでも僕は精一杯生きることができたので満足していけてると思います。こうやって満足してるって言い切れるのも高校生活が充実してたおかげです。そして、そんな時間をくれたのが森野さんなんです。だから、本当に森野さんのことを好きになって良かった。そんなに魅力的な女性でいてくれてありがとう。

 僕は森野さんのピアノが大好き。一生懸命練習している姿も好き。好きなあまりにいっぱい隠し撮りしたのは謝ります。ごめんなさい。でもやっぱりこの写真は消さずにとっておきます。できれば、森野さんも消さないでいてくれたら嬉しいな。僕の宝物だから。って言っておけば優しい森野さんは消しにくくなったでしょ。あはは。

 さて、冗談はさておき将来の話もしようか。きっと森野さんはこれからピアノでどんどん結果を残して、どんどん有名になっていくと思います。というか、絶対なるよ!だから、僕が言わなくてもいいんだろうけど、言わせてください。頑張れ!頑張れ!頑張れ―!全部を出しきれー!

 ということで、絶対に後悔を残さないような演奏をしてね。まずはもうすぐに迫ってるだろう海外でのコンクールで優勝だ!森野さんのピアノは最強だからきっと大丈夫。いつもそばで聞いてた僕が言うんだから間違いないよ。森野さんのピアノは盤面を見ながら聞いてても、何だか胸がぎゅーってなって泣きそうになるような時もあれば、こっちまでノリノリで体が動き出しそうになる時もあって……なんていうか、揺さぶられるものがあるんだよね。楽しさとか悲しさとか心が揺さぶられて、聞いてる部分によって全然違う色んな感情が湧き上がってくるんだ。正直、音楽を聞いてこんなに心を揺さぶられたことがなかったから、つまり森野さんは僕史上最高の演奏家に違いないってことだよ。ということは、もしかしたらプロでもやってけるレベルなのかもしれない。だから、海外に行っても良い結果になるって確信してるよ……って、音楽の素人が根拠もないのにこんなこと言っても説得力ないかな。

 それにしても、全国コンクールはやっぱり聞きに行きたかったなぁ。というか、できるなら海外のやつもついて行って聞きたいくらいだよ。もちろん、配信で聞いたのだってすごい良かったし、僕が向こうにいってからもきっと森野さんの音色は届いてくるんだろうけど、本音言うと、そばで応援してたかったなぁ……ってまた情けないこと言ってしまった。やめやめ、せっかくさっき切り替えたのにまた編集しなきゃいけない場所が増えちゃう。

 本当はこんな泣き言を言いたかったんじゃなくて。本当に言いたかったのは、僕はいつも森野さんを応援してるよってこと。いつもそばにいるよっていうのは多分無理だし、そんなのちょっと怖いからしないけど、この病室からかもしれないし、あっちの世界からかもしれないけど、いつでも僕のパワーを送ってるからね。森野さんの演奏がいつでも最高のものになれ!ピアノ奏者としてのこれからの人生に幸あれ!って感じでね。

 だから、心置きなくピアノを楽しんできてください。どんな場所でも周りが何て言おうとも、そこに森野さんがいてそこにピアノがあれば、それだけで最高の舞台になって、最高の演奏ができるから。安心して頑張り尽くしておいで!

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