第52話 私は出発した
電車が近づいていることを知らせる放送と共に、どこからともなく姿を現したのはミャーコだった。いつの間にか見送りの人だかりの中に混ざって、そのでっぷりとしたお腹を毛づくろいしていた。
「ミャーコも見送りに来てくれたの?山石君も私もいなくなって寂しいだろうけど、元気でいるんだよ。」
私が近づいたら逃げていってしまうため、裕子の肩を抱いたままその場から動かずに声をかける。
「あっ、ミャーコじゃん。今日もふさふさだねー。」
「ミャーコ、今日も甘えん坊じゃん。」
「ミャーコって人に触られるの好きだよね。」
ミャーコの存在に気づいた周囲の人たちが、私が近づけないのを尻目に遠慮なくミャーコを撫でまわす。ミャーコはいくつもの手にもみくちゃにされながらも、心地よさそうに目を細めて喉を鳴らしていた。
……ミャーコよ、私だけなのかい、君が逃げるのは。山石君だけが特別触れるのかと思ってたから諦めてたのに、こんな仕打ちってないよ。私がいなくなっても全然寂しくないじゃん……
ショックとそんなに触らせてもらえるなら自分も、という欲でミャーコに向かって突き出した右手が震えていた。
「あー……つばめには懐いてないんだっけ。ほら、抱いててあげるから触っときな。」
裕子はおもむろにミャーコに近づいていって、その脇に手を差し込むとそのまま持ち上げてこちらに差し出してくれた。それでもミャーコは無抵抗に、3倍くらいに長くなった体をぶらぶらさせていた。
「裕子まで!私が触れなくて悩んでるのを知ってて黙ってたのね……許さない。ミャーコに触れるどころか抱っこまでできるなんて、そんな大事なこと黙ってたのは一生恨んでやるんだから。」
「これは恨まれるんだ!?ほらほら、黙ってたのは謝るから、思う存分お別れしなよ。」
促されるままに恐る恐る手を伸ばすと、やっぱり少し嫌そうな顔をしながらも仕方なしに撫でさせてくれた。山石君とのお別れの日以来の感触だった。
ミャーコはツンデレなんだね。私が大変な時だけデレてくれるってことなんだね。そういうことにしといて……
ミャーコとお別れしていると電車が到着したので、キャリーバッグを抱えて1人で乗り込む。ミャーコの乱入のおかげで裕子も泣き止んだみたいで笑顔で見送られることができそうだった。
「みんなありがとうね。私のニュースがみんなに目に入るように頑張ってくるから。それと、裕子。さっき裕子は私の1番の親友は山石君だ、みたいなこと言ってたけど、やっぱり私の1番の親友はゆっこだよ。小っちゃい頃から、天狗になってた私でも、何もなかった私でも、ピアノにのめり込んでた私でも、いつでも側にいて支えてくれたのはゆっこだったよ。1番感謝してるんだから。」
自分でも恥ずかしくなるようなセリフだったので、電車のドアが閉まる直前に早口でまくし立てた。閉まったドアの向こうでは裕子が電車にすがりつこうとして先生たちに止められてた。何かを一生懸命叫んでたけど、よく聞こえなかった。そんな裕子たちのドタバタを見て笑っていると電車が動き始めた。裕子が顔をゆがませながらちぎれそうになるくらい手をブンブン振ってるのが見えなくなるまで、こちらも手を振り続けた。
気合十分。次に裕子たちに会う時には堂々と凱旋できるように向こうでも結果を残せるように頑張ろうっと。
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