第34話 君とのデート当日②

 こちらの呼び声を聞いて近づいてきた人影は、次第に大きくなるにつれて申し訳なさそうにしているシルエットが浮かび上がってきた。

「本日1人目のサプライズゲストはー……な、な、なんと!みなさん、もうお馴染みの体育の先生でーす!」

「みなさんって……聞いてるの僕しかいないけど。」

「細かいことはいいの!」

「なんか、すまんな。サプライズがこんなので。」

「いえいえ、先生に来ていただけるなんて予想もしてなくて嬉しいですよ。」

 せっかくのサプライズゲストだったけど、なんだか微妙な空気にしてしまった?

「ええっと、気を取り直しまして。本日先生にお越しいただいたのは、山石君と一勝負してもらうためです!私の人脈の中で最も囲碁が強い人が先生だったので、山石君も手ごたえのある試合ができるかと思いまして。」

「そうだったのか!?てっきりただの見舞いかと。」

「え?先生もご存じなかったんですか?」

「あー、言ってなかったような、そうでもないような?」

「森野さん……」

「まぁまぁ、せっかく来てもらったんだし、一局打ってみては?」

「まぁ、山石先生が良ければ、俺は構わんが。」

「僕も、打てるのは嬉しいですけど。」

「じゃあ、良かった!ささ、先生はこちらにどうぞ。」

 先生と席を入れ替わって、山石君の正面を譲る。2人とも初めはぎこちないなかったけど対局の準備をし始めるとだんだんと試合モードになったみたいで、対局が開始すると真剣な目つきになっていた。

「……どうしてそこに打つんだ?」

「これは、展開によっては後々生きてくるので……」

「……ううむ、ここら辺かな?」

「あぁ、いい手ですね。そうなると……」

「……なるほど、ここでさっきのが生きてくるのか。」

 対局が始まると、2人は言葉数少なに互いの手を分析し合いながら和やかに進んでいった。けど、やはり地力の差は大きいのか山石君の陣地がみるみる大きくなっていくのが素人目に見ても分かった。ほぼ試合が決しかけた頃に、先生がぽつぽつと囲碁とは関係のない話もし始めた。

「しかし、突然来て、突然打たせてしまって、申し訳なかったな。」

「いえいえ、僕も久しぶりに先生に会えて、久しぶりに真剣に打てて嬉しいです。」

「山石は本当に人間ができてるなぁ。やっぱり一流まで上り詰める人間は人間性も良く育つのか……いや、そうとも限らんか。」

 一瞬、先生がちらっとこっちを見てから発言を撤回したような気がしたけど。失礼な。

「だが、こうして顔を見れたのは俺も嬉しかったぞ。森野と山石の2人には何かと縁があったし、山石が今どうしてるのか気にはなっていたからな。」

「先生……ありがとうございます。」

「あぁ!しおらしいふりして厳しい所に打ちよって……まぁ、なんだ。先生とかって言われて普段は何でもできるように振る舞ってはいるが、教師なんてのは一歩学校から出てしまえばただの一般人だからな。無力なもんだ。心配するくらいしかできることがないんだ。だから、こうして様子を知れる機会を作ってもらえたのは素直に嬉しかった。君らの担任の先生も何回か見舞いに来ただろう?あれはあれで君のことを気にかけてるんだ。」

「そうですね、定期的に来てくださって。余計な苦労をかけてしまって申し訳ないですが……」

「いやいや、そんなことを気にするは必要ないぞ。俺らは生徒のことを心配するためにこの仕事をしてるみたいなもんだからな。設楽先生も見舞いに行った後は嬉しそうに君の近況を教えてくれてたしな……設楽先生ってのが担任の先生で、ちなみに俺の名前は五里っていうからな。」

「突然どうしたんですか?先生方の名前は授業の最初の自己紹介で覚えてますよ?」

「いや、山石は気にせんでいい。ここで言っとかないと一生名前を出す機会が来ないと思ったもんでな。」

「はぁ……?」

「とにかく、周りのことは気にせず、君らは後悔のないように生きていってくれたらいいてことだ。大人は勝手に心配したがるが、そんなのは好きにさせておいて、君らが一番後悔が少ない選択をすることが大事なんだからな。」

 途中よく分からないことを言っていたけど、五里先生の熱い言葉を受け取って山石君は圧勝した。喋っている時はかっこよかった先生も、帰る時には少し背中が小さくなっていたような気がした。

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