第18話 私も君も大事な勝負前

 山石君は学校へ来る日が少なくなっても、来た日には放課後に音楽室に立ち寄ることを欠かさなかった。私がピアノを練習している間に山石君は碁盤とにらめっこする。そして、時間が来たら一緒に下校するという習慣は変わらなかった。けど、山石君の体調に関しての話題は自然と避けられ、一番知りたいことが聞けないまま、結果として当たり障りのない話ばかりが上滑りしていた。そのせいもあってかお互いにどこか踏み込みきれないような雰囲気が漂い、少し山石君との間に距離ができてしまったように感じていた。山石君もそれには気づいているはずなのに何も言わず、何ともないふりを続けている。でも、それが逆に何かあるだろうことを暗示していて悲しかった。何が悲しいのか自分でもよく分からないけど。

「そういえば、そろそろじゃないの?」

 いつまでも同じようなことをぐるぐると考えながら歩いていると山石君が聞いてきた。

「準備してたコンクールがあるよね?」

「えっ、あっ……そうだよ。週末にはブロック予選に出るから。ここで1番になれば全国にも出れるし頑張らなきゃ!」

「正念場だね。僕も絶対見に行くから。」

「ありがとう。山石君の応援があれば百人力だね。」

「ははっ、そうなればいいんだけどね。」

「コンクールだからいっぱいおめかししてる本気の私を見られるよ。誰かさんと一緒に選びに行けなかったドレスも初披露だから目に焼き付けておくんだよ。」

 悪戯っぽくごまかしながら、少しだけ意地悪なことを言う。

「その節は重ね重ね申し訳ない。そうだ、今回の予選が終わったらお詫びにどっか行こうよ。」

「いいね!あっ、でも山石君も近々大事な対局があるんだよね?」

「うん。僕の方は来週末だよ。そろそろ予選も大詰めだからね。」

「じゃあ、それが終わってからにしようか、デート。」

「で、デート!?か……そうだね、そうだよね。うん、その日は森野さんも全国出場を決めて、僕も勝って祝勝会にできるようにしないとね。」

「お互い運命の1、2週間だね。」

「負けないよ、絶対。」

 あまりにも真剣な顔をして言うので、何に?と聞こうかと思ったけど、そんなことを聞くのは野暮な気がして開きかけた口を固く閉じ直した。

「私も負けない!絶対勝ーつ!勝って勝って自分の未来を自分で切り拓くんだ!私ね、今回のコンクールで成績残せたらピアノを仕事にするって決めたの。もう迷ったり立ち止まったりしないから。」

「そっか、それなら余計に負けられないね。絶対勝とう。」

「よーし!必勝祈願に円陣を組もう!」

「円陣って2人しかいないけど……」

「いいの!ほら、ここに手を重ねて?おほん。私はコンクールに、山石君は対局に……」

 そして、山石君は体を蝕んでいるであろう病気にも。

「絶対勝つぞー!おー!」

 重ねた手のひらの高く振り上げて見上げた空には、澄んだ空気の中霧がかった月が明るく照りながら浮かんでいた。

 別に今は何も教えてくれなくてもいいや。いつか話したくなったら、その時に教えてくれればいい。私はいつでも受け入れる覚悟をするだけ。それだけだ。

 月明かりに照らされた歩道を歩きながら、コンクールへの決意と山石君への想いを改めて強く持ち直したのだった。

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