第5話 放課後の2人きりの教室
ある日の放課後、日直の仕事のために教室で山石君と2人きりになった。良い機会だから思い切って聞いてみた。
「私、横からいっぱいいっぱい口出ししてるけど……うるさくない?山石君は何も言わないけど、迷惑じゃなかったかなって……」
「それは全然。むしろ改善点をいっぱい教えてもらえて、そのおかげで友達もできて……感謝しかないよ。」
髪色を黒に戻して短髪の眼鏡姿になった山石君は、猫背を矯正したおかげで前よりも明るく顔色も良さそうに見えた。髪型や姿勢なんかは私の好みが存分に反映されてるけど、本人が受け入れてるから良しとしよう。
「うん、それなら良かった。っていうか、とうとう友達もできたんだね!あんまり特定の人と一緒に過ごしてる姿は見なかったから、実は心配してたんだよね。」
「えっ……あ、その……森野さん……が友達だと思ってたけど……違ったかな?」
困ったように笑いながら気まずそうに視線を逸らされてしまう。
「……おっとと!違わない違わない!友達か……友達に決まってる!勝手にお母さんみたいな気持ちになってたなんて言わない言わない。」
「それは言ってるのと同じだよ。」
あははっと空笑いして誤魔化したけど、面と向かって友達とか言われて照れてしまった。
「でも、お母さんか……それもしっくりくるな。僕の家は基本的に放任主義だから、あんまりお母さんとの思い出ってないんだよね。代わりに、お爺ちゃんが唯一色んなことを教えてくれたんだけど、森野さんからはお爺ちゃんの次くらい色んなことを教えてもらった気がする。」
「お爺ちゃんっ子だったんだね。だからそんなに素直で物腰が柔らかくなったんだ。」
「素直かどうかは分からないけどね。お爺ちゃんがよく言ってたんだ、『人から良いことをされたらきちんと受け取りなさい。そして、後でちゃんと返さなくちゃいけない。』って。だから、森野さんが僕のために良かれと思ってアドバイスしてくれるから、それはきちんと受け取るようにしてたんだ……まだ何も返せてないんだけどね。」
イメチェン後に実は可愛い系だと判明した顔ではにかみながら、消しゴムをこねくり回している。これは山石君が焦った時に出る癖だ。
「そんな、私のはただのお節介だから返すとかそういうのは全然いいよ。それよりもお爺ちゃんのお話もっと聞かせて。すっごく勉強になる。」
「そうだなぁ……お爺ちゃんは口癖みたいに『悪いことをされてもそのまま返したらいかん。むしろ良いことを相手に返してあげなさい。』って、それで『そうしたら周りがどんどん良くなっていって、大事な時に自分に返ってくるもんだ。』って言ってたから、僕もそれは意識して守るようにしてるかな。」
「ふんふん、それってすごい良い考え方だけど、どんどん悪いものが自分に溜まっていっちゃって嫌になっちゃわない?」
「そうだねぇ。僕もそう思ってお爺ちゃんに聞いたことがあるんだけど、そしたら『悪いことは溜めて溜めてドロドロにして持っときなさい。それは、勝負の時に相手に思いっきりぶつけてしまえ。』だってさ。勝負事って相手の嫌がることをする場面が多いから、そうやって考えたら嫌がることをしても罪悪感が少し薄れるんだって。」
「ほーん、なるほどねぇ。お爺ちゃんの金言が掘れば掘るほど出てくるねぇ。」
その後ひとしきりお爺ちゃんの話をした後、山石君がふと呟くように聞いてきた。
「……森野さんは部活とかしないの?」
「部活?うーん……考えたことないなぁ……」
「山崎さんは部活行ってるから……一緒にやったりしないのかなって。」
山崎?……あぁ裕子のことか。
「そうねぇ……一生懸命やったからってみんながみんな報われるわけじゃないじゃん?そういうのを頑張るのに疲れちゃって。そういう山石君こそ何かしないのさ?」
「僕は……何かにのめり込んで、失うのが……怖い。」
「失うのが怖い?」
「……」
山石君は何かを思い出してしまったのか突然黙ったまま固まってしまい、そこから話の続きを聞くことはなかった。
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