エリンギ魔法少女よどりん 1

月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊

エリンギ魔法少女よどりん

1 ツキモリが出た

「お呼びでしょうか」


 涼やかな男性の声に、窓の方を向いて立ち尽くす女性がわずかに肩を震わせた。


 三十代前半であろうか。彼女はすらりとした長身に軍服をまとい、金色の美しい髪を結いあげている。


 広い窓の外に広がるのは、肩を寄せ合うようにして建つオレンジ色の壁に茶色い屋根を持つ家々。そこを取り囲む分厚い石の城壁の向こうに黒い煙が立ち上っており、間からかすかに赤い炎も見えた。


 男がもう一歩足を踏みだした。


「ニワ宰相」

「ユーディ! 遅いではないか」


 いらいらと振り返ると、そこにはニワよりも頭一つ分くらい背が高い、二十代半ばの男が立っていた。同じく軍服を身にまとい、甘いマスクのその口元に笑みをたたえている。ニワはその姿を見ると明らかに顔をしかめた。


「なぜ、この非常時にもそんなにキラついていられるのか」


 ユーディはさらに口元をゆるめ、照れるでもなく指でそのさらりとした髪をかき

上げた。自らが一番美しく見える角度でにわを見つめる。


「キラついてるなんて人聞きが悪い」

 

 ニワはユーディの問いには答えず、続けた。

「……出たぞ」

「ツキモリですね。今回は何を」


 ユーディのキラキラした笑顔を避けるようにニワがかすかに目で窓の外を示した。その視線を追い、


「ただウザ絡みをしてくるだけかと思っていたら、いつの間にあんな技を……」


 大きくなる黒い煙を睨むように見つめた。そして厳しい口調で、


「まさか、あの者が女王として復権を目指している、ということではないだろうな?」

「ありえません」


 ニワのわずかに緊張の走った表情を見て、ユーディは明るい声をあげて笑った。足音高く、背後からニワに近づく。


「いくらツキモリが元女王とはいえ、今はこの国から追い出されて森に住むただの魔法使い。どうせ自分が新しく身につけた能力がどの程度のものか試しているだけですよ」


 納得がいかないのか、ニワは返事をしない。ユーディは声をひそめた。


「信じてください。わたしはツキモリの息子ですよ。あの者のことは知り尽くしております。その上で裏切ったのです。……あなただって、覚えておいででしょう?」


 それでも返事がない。ユーディは続けた。


「それに、賢者シマニャンの魔法によって、この国の城壁には常に防御膜が張られているはず。心配はご無用です」

「そんな呑気なことを言っている場合ではない! ツキモリの魔力は日に日にその強さを増して行ってるのだぞ。あれが街の内部に飛び火したらどうするのだ」

「しかしツキモリは小心者。実際に街を焼くような大胆なマネをするとは……」

「追いはらえ」

「……ですよね」


 食い気味に遮るニワに肩をすくめて見せる。

 ユーディは女王の性格は知り尽くしている。この状況で完全にこちらを敵に回すことはしないはずだ。


 ニワは言った。


「よどりんだ」

「魔法には魔法で、ということですね」

「賢者シマニャンを連れて行け。そして……おまえもだ」


 ユーディは表情をゆがめた。


「え……」


 カエルの潰れたような声を上げた。そしてあからさまに顔をしかめ、


「そんなの、よどりんとシマニャンだけにやらせておけばいいじゃないですか。なんでわたしが自らあんな危険なところに出向かねばならないのです」


 ニワのこめかみにピキッ、と小さな青筋が立った。ユーディはそんなことにも気づかず、さらに続けた。


「わたしは火は嫌いなんですよ。熱いし、この顔にやけどでも負ったりしたら、と思うと夜も眠れません。それにツキモリは普通に性格悪いし、予測不能で一体何をしでかすかわからない。それに……」

「それがお前の仕事ではないか!」


 ニワが怒りを堪えられずに振り返った時、ユーディはニワを優しく抱きしめた。


「わたしがここを離れれば、何かあったときに、誰があなたをお守りするのですか?」


「私のことは構うな」

「しかし……」


 ニワはするりとその腕から抜け出て、両腕を胸の前で組み、挑戦的な微笑みでユーディを見た。


「未来の国王がそんなことでどうする?」

「それは……」


 ユーディはそこで初めて、そのキラついた笑みを崩した。ニワの意図をはかりかね、そのとび色の瞳を見つめる。その瞳の奥には強い光があった。


「この国には、王が必要なのだ」


 ニワは冷たく笑った。


「ツキモリを追放した時、おまえはまだ十五歳だった。……そうなることを見越して裏切ったのであろう?」


 ユーディはただ微笑みを浮かべるだけだ。ニワはそれに満足し、言葉を続けた。


「もう、後ろ盾は必要あるまい。私は今後もずっとそばにいて、おまえを支え続ける」

「宰相……その言葉は本当ですか?」


 ユーディはうるんだ目でまっすぐニワを見つめた。ニワはその視線に戸惑ったように、再び窓の方へと体を向けた。


「私は、嘘を言ったりはしない」


 ユーディはニワの後ろに立ち、同じ方向を見つめる。わずかに体をかがめ、その耳元に口を寄せた。


「本当は、公務だけでなく……プライベートの時にも支えてほしい……」


 優しく囁くと、ニワがごくりと唾を飲む。ユーディは再びそのキラキラした笑みを取り戻し、続きを言おうと口を開いた時だ。


「早く行け」


 ニワが振り返り、ユーディを見た。その顔には怒りがにじんでいた。とっさには、ユーディにはその意味がわからなかった。


「早く行け、と言ってるのがわからんのか」

「……へ?」


 頓狂な顔でニワを見た。ニワは窓の外を指差した。ユーディもニワが指差す方を見た。


「お前はこの国を焼き尽くすつもりかっ!」


 城壁の外、先程まで細い煙とわずかな炎しか上がっていなかったものが、赤々と燃え盛っているのであった。黒い煙が上空を埋め尽くし、赤い火花が舞い上がっているさまも見える。


 ユーディはその様を見て、ふん、と、小さく鼻を鳴らし、肩をすくめた。


 こんな国、いっそのこと焼き尽くされてしまえばいいのに。


 そんなことを気取られぬよう、キラキラと笑って見せる。


「わかりましたよ。すぐに現地に向かいます。宰相も、万が一の時には必ずお逃げください」


 踵を返した。ニワも返事をしなかったので、有事の際には我先にと逃げ出すのであろう。


「手加減するなよ」


 その言葉に、ユーディは足を止めた。


「もちろんです」


 その笑顔の隙間に冷たい表情を宿し、ニワを見つめた。


「それでも、あなたがそうしろとおっしゃるなら、いつでもその命にしたがいます」

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