10 プロボウラーははこ
パッパラパッパッパー。
突然、どこからかラッパの音が聞こえた。動きを取り戻そうとしていた全員が、再び動きを止めた。
「な、なんだ?」
「わからぬ」
かずりんとぶんりんが顔を見合わせた時だった。
「みなさま、お困りのご様子。わたくしがお力を貸して差し上げましょう」
涼やかな女性の声が聞こえた。
スポーツセンターから一人のすらりと背の高い女性が緑色の大きめのボールを抱えて出てきたのだった。
少し冷たそうな整った顔立ちにさらりとしたおかっぱの黒髪。「カクヨム市ボウリングセンター」とロゴの入ったシャツに短パン、短めのソックス。
「あああああっ!」
シマニャンは声を上げた。
「あれは、悪名高きプロボウラーははこ!」
プロボウラーのははこと言えば、ボーリングがうまく、賞金を荒稼ぎしているとの悪評が高い。
勝つためにはどんな不正も辞さず、禁止薬物などを公然と使用し、自分を負かそうとする相手には暴力も厭わないという、おそろしいボーリング選手だった。
よどりんは「ちっ」と、魔法少女に似合わぬ舌打ちをした。
「余計なことを……」
その言葉を聞いたシマニャンがにやりと笑った。それに気づいたかずりんが、
「なんだ、こいつら知り合いか⁉」
と、ふたりを見比べた。シマニャンも二人をあからさまに見ながら、
「こいつらは、宿敵にゃ。言ってみれば、悪を競い合った仲間……」
こんな話をされているのも知らないよどりんは、魔法少女らしからぬ仕草で「ぺっ」と、道端のゾンビに向かってつばを吐いた。
「何でしゃしゃり出てきやがった!」
するとははこは挑戦的な視線でよどりんを見下ろした。
「あなたの手には負えないみたいだから」
「だまれ!」
よどりんがイライラと遮ると、ははこは優雅に笑って見せた。
「じゃあなに? あなたはこの状況、自分でどうにかできるっていうの?」
よどりんはべったり抱き着いてくるユーディを見、ゾンビを見、そして最後にいまいましげにははこを見た。
「てめえのお手並み、拝見してやろうじゃねえか」
そこの言葉で、ははこは勝ち誇ったように言い放った。
「目ん玉かっぽじいて見るがいい。プロボウラーははこの実力を」
両手でボールを胸の前に抱えた。そして、
「ここで一句」
息を吸い込んだ。
「かちを
そしてユーディたちにほほ笑んだ。
「この『かち』、は、勝ちと価値を掛けております。自分にとっては最も価値のあること、勝利を得るためならば、汚れ仕事も敢えて身体に受ける、という意味でございます」
「解説いいから、早くやれや!」
かずりんが声を上げると、
「はあっ⁉」
ははこは一転、恐ろしい顔でにらんできた。さすがのかずりんも、
「……さーせん」
と、素直に頭を下げた。その間にも、「ななみん」「ななみん」という大合唱が広がっていく。
ははこはそれを余裕の表情で見つめた。
美しく笑ったあとすぐに真顔に戻り、ゾンビたちをにらみつける。
ボールの穴に指を入れ、後ろに振りかぶった。
皆が息を止めてその美しいフォームを見つめた。片足を一歩前に出し、ボールから手を放すと同時に同じ方の足を曲げた。
「ははこ――――アタ――――ック!」
どぴゅん。
目にもとまらぬ速さでははこの手からボールがはなれた。と。
パンパンパンパンパン。
ボールは緑色の光のように通りをまっすぐに進んでいく。行く手をふさぐゾンビたちが、
「ななみ――――――ん」
という声を上げ、バラバラになって崩れていく。そして、ゾンビの頭の上に乗っていたななみんズもそこから離れて散り散りに舞った。
そのとき、よどりんが声を上げた。
「ぶんりん!」
「任せろ!」
ぶんりんはかわいらしく答え、立ち上がった。
ぶんりんの目の前に広がるのは、弾き飛ばされ、壊されて道に折り重なったように倒れているゾンビたち。
その者たちに背を向ける。
「ミラクル・ミラクル・ぶんりんりん!」
両手を握り、肘をまげてお尻を突き出した。
ぶううううううっ。
強い風と、同じくらい強烈な悪臭が街を覆った。ユーディは匂いに耐えかねて、とっさに鼻と口をおさえた。うん、と、おなかに力を込めた時、ぽん! と音を立てて、耳の中からななみんが転がり出た。
大袈裟に音を立て、ゾンビたちの壊れた体が宙を舞った。そしてその骨は一本残らず墓場へと吹き飛ばされた。ゾンビから離れたななみんズも、
「ななみ―――――ん!」
と、叫びながら城壁の外へと飛ばされたのだった。そして一番近くにいたみかりんもバナナと一緒に空高く舞い上がった。
「なんでこうなる――――――っ!」
そのまま森の方へと飛ばされたのだった。
最後にきらりと光ったのは気のせいだろうか。
ははこはその様子を見ながら、美しく笑って見せた。
「ぶんりん。次はこっちの通りよ」
「わかったわ」
その後ふたりは、ものの数分で町中にはびこるゾンビを墓場へ返し、ななみんズを森へ吹き飛ばすことに成功したのだった。
街が静けさを取り戻した。
「帰るにゃ」
魔法少女とユーディを背中に乗せたシマニャンが夕暮れの街を城に向かって駆けた。
「……あの巨大バナナ、いつか食ってやるにゃ」
シマニャンがひとりごちた。ユーディはいつもの爽やかな笑顔でよどりんに向かい合った。
「よどりん、なんか、すまなかったね」
よどりんが青ざめた顔でユーディをにらんだ。
「寄るなさわるな近づくな」
「言い訳ぐらいさせてほしいな」
「キモいわ。あっち行け」
「こいつの場合、ななみんいてもいなくてもあんまり変わんねえからな」
かずりんが笑うとぶんりんも、
「担当変えてもらおうかしら」
と、半ば本気でつぶやいた。けれどもユーディは冷たい視線をぶんりんに向けた。
「君はおよびでないよ」
ぶんりんの目がギラリと光った。
「……ぶっ殺されてえのか、てめえ……」
「実は構われたい奴ww」
かずりんが笑った。
そして……満足げに皆の姿を見届けた後、宵の闇に紛れて立ち去るものの姿があった。その手にはずっしりと金貨の入った袋を抱えている。
白い蛇を首に巻き付けた少女……スズメだった。
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