5 わたしも「映え」たい

 この国の城は小高い丘の上にある。そしてユーディは城の中の寄宿舎に住んでいる。石畳の階段を下りていくと、丘の上の方には貴族の屋敷が連なり、中央から下の方には商店などが広がっている。階段の脇にバスケットや箱などを置いて商品を売っている。


 色とりどりの果物や野菜などを見ながら、ガムの作っている商品はどれなのだろう、などと思いにふけっていた時だった。

 どこか遠くから、ゴロン、ゴロン、と、不気味な音が聞こえてきた。そして、悲鳴や「危ない! よけろ!」などという声。


 暴漢か盗みか。


 ユーディは一度も使ったことのない腰の剣に手をかけ、抜きざまに振り返った。


「ひ!」


 声が喉で引っかかった。


 ゴロン、ゴロン、ゴロン、ゴロン。


 階段の上から転がってくるのは、なんと巨大オレンジだった。直径が、ユーディの身長ほどある。


「な、なんでだっ!」

「どけー! どけどけどけ!」


 どうやら町の人たちは慣れている様子で、華麗に身をひるがえしてその攻撃から逃れている。しかしユーディにとっては初めてだった。


「た、助けてええええ!」


 一目散に駆け出した。


「端に寄れ!」


 そういう声が聞こえるけれど、既にまっすぐ走り出しているので止まることができない。


「た、た、たあっ」


 ゴロン、ゴロン、ゴロン。


 音が大きくなってきた。気配を感じる、と思って振り返った。


 巨大オレンジが、すぐそこに。


 もうダメだ! つぶされる!


 目を閉じた時だった。


 にゃー!


 猫の一声がして、体が宙に浮いた。


 巨大猫にすがたを変えたシマニャンがユーディの体を口にくわえて空に駆け上がったのだ。シマニャンは中央の噴水のあった広場まで行くとユーディを地面に下ろし、自らも賢者の姿に戻った。


「ありがとう、シマニャン。もう少しでオレンジにつぶされるとこだった」

「情けないにゃ。なんでみんながよけてるのにそれができないにゃ」


 白い目で見てきた。


「仕方ないだろ? まさか、あんなでっかいオレンジが転がって来るなんて思ってなかったんだから」

「ふむ」


 納得したようだった。


「なんだよ、あれ」

「オレンジにゃ」

「それは知ってるよ。なんであんなにでかいのか、ってこと」

「ガムにゃ」


 シマニャンはやれやれとため息をついた。


「ガムって、あの悪徳農家の?」

「そうにゃ」

「もしかして……あれがアオイからもらった薬を撒いて作ったという巨大果物……?」


 シマニャンはピクリと片方の眉をはね上げた。


「なんでお前がそれを知ってるにゃ」

「カズーから」


 すると意味深に笑って見せた。


「……ヤったのか」


 さすがにキノコで吐かせたとなるとイケメンユーディの名が廃る。


「まあね」


 とうそぶいた。さらりと髪をかき上げると美しく笑って見せた。


「手が早いな」


 ふたりはこの間の襲撃で壊された噴水の前を歩き出した。土木従事者たちが行き交う中を早足で通り過ぎる。


「で、どこに行くにゃ」

「ガムのところだ。シマニャンは?」


 シマニャンも苦笑する。


「残念ながらシマニャンもにゃ」

「何かあったのか?」


 するとシマニャンはあからさまなため息をついた。


「ガムが、泥棒を捕まえたから引き取りに来い、と」

「泥棒?」

「ヤツの畑から巨大果物を盗んで、半額で売りさばいている奴がいたらしい」


 先ほどの巨大オレンジを思い出した。


「あんなの買う奴いるのか?」

「貴族の子弟の間では人気らしい。えるにゃ」


 だから貴族の家がある丘の上の方から転がってきたのか、と、合点がいった。彼らが着飾った格好でオレンジにまたがったり、半分に切った巨大オレンジの上で水着でポーズをとる様子などを想像した。


 うらやましい、と、嫉妬した。


 もう少し若いときに巨大果物があれば、自分も同じことをしたであろう。割れた腹筋、引き締まった腕。ブーメランの水着から伸びた長い脚。巨大オレンジの上でポーズをとる自分の姿に思いをはせた。


 そこでふと思う。


「ガムが自ら泥棒を捕まえたのか? 兵は出さなかったのか?」

「要請はしてたらしいにゃ。ただ、あいつが違法薬物で違法果物を作ってたのはみんな知ってたからにゃ。盗まれるのは決まって夜中。そんな、ズルして金儲けしてるやつのために勤務時間外にわざわざ行って捕まえてやろうという者は誰もいないにゃ。さすがの皇帝も、そこまではきつく言えなかったらしいにゃ。今回は自分で捕まえたんで、引き取りに行け、と……」


 そこでユーディの足が止まった。


「ちょっと待て。なんでそこで皇帝が出てくるんだ……?」


 すると今度はシマニャンの方がおどろいたように足を止めた。


「おまえ、知らにゃいのか。ガムは皇帝に多額の賄賂送っててずぶずぶだ。あいつだけ違法薬物使っても捕まらないのはそのせいにゃ」


 そういうことだったのか。


 ンダカップは外国から安い果物や野菜を買ってここで売って金儲けしている。おそらく今までもニワに何度もガムを止めさせようとしていたに違いない。けれど、皇帝の方が力が強く、それができなかった。


 だから今回、ンダカップはカズーがスズメから金を盗むのを見て、それを手下に盗ませた。これで、ガムがアオイに送る金が完全に止まる。


 アオイは金に汚い。一日でも支払い期限を過ぎれば制裁を加えてくる。払わないやつは容赦なく殺す。自分が直接手を下さずともガムを抹殺することができるからだ。


 そして、そのことを聞いた皇帝が「どうにかしろ」とニワに命じた。ニワは皇帝とンダカップとの板挟みになっていた、というわけだ。


 なるほど。


 もしガムがもう一度アオイにカネを送ろうとしても、ンダカップが止めてくるだろう。ガムに生き残る道はない。


 再びイケメンの称号を一人で手にできると思うと、喜びに頬が震えるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る