第3話
南富山駅。富山駅より電車で二〇分程度で到着する普通の駅である。
ある点を除けば、の話だが。
この駅のすぐそばには、地上を走る線路を渡るために、踏切とは別に地下道が設置されている。この地下道は元々は利用者がかなりいたものの、ある時期を境に利用者は一切いなくなった。この地下道にいつからか
2023年10月10日、誰もいないはずのこの地下道にやって来たのは、その日日本に入国したばかりのアフリカ人だった。
「全ク、下準備ハモチロンシタコトハアルガ、一人デヤラセルトハ。オレノ仲間モ連レテ来レズ、現地デノ協力者モナシトハ。仕事ノ量トカ効率トカ、少シハ考エテ欲シイモノダ。」
アリはそう言いながら地下道に続く階段を降りる。そのまま地下道を40mほど進むと、アリの後ろから突然呻き声が聞こえ始め、バキッと木の枝を踏んだような音が後ろで聞こえた。そこでアリが振り向くと《それ》はいた。顔、左腕、右足が焼け爛れ、他の部位には炎を纏う《それ》こそ、地下道に出現する
アリの存在を確認した《それ》は
「アァウゥァゥゥァァァゥゥ!!!」
と唸り、キョンシーのように腕を突き出してアリに襲いかかってきた。その腕がアリに届きかけた刹那、《それ》は自身の背中側に吹き飛ばされた。アリの蹴撃をもろに食らってしまったのだ。そのままの勢いで背中から壁に激突する直前、《それ》を瞬時に追い越したアリが背中に裏拳をお見舞いし、逆方向に吹き飛ばす。吹き飛ばした《それ》を再度追い越し、振り向きざまに首を掴んで地面に叩きつけた。叩きつけた地面は大きく凹み、ヒビが入り、ドォォォンと音が鳴る……ことはなかった。地下道の地面は凹むこともなく、ヒビが入ることもなかった。鳴った音も叩きつけられた時のものではなかった。牙が体を貫いた音。それと、骨が噛み砕かれる音。叩きつけられた地面そのものが口となり、《それ》に噛みついたのだ。噛みつかれた《それ》は断末魔を上げ、活動を停止した。
今のような動き自体は、人であれば理論上は誰にでも出来る。だがそのためには、四肢に魔力を流して身体能力の強化を行うのが大前提である(強化に耐えきれなかった四肢が大きなダメージを負ってしまうことはある)。しかしアリは身体強化を一切せず、素の身体能力のみで今の動きを行なっていたのであった。
《それ》の活動を停止させるまでにかかった時間は僅か四秒。大抵の魔術師なら、一般人に対する隠蔽工作を行なった上で死闘を演じてようやくどうにか出来るかどうかというレベルの脅威である《それ》を、赤子の手を捻るかのごとく一瞬で制圧してしまったのだ。
「ナルホド。今ハ塵デシカナイガ、属性トカヲ考エタラ確カニ使イヨウハアリソウダナ。ソコデコレトイウワケカ。」
アリはそう呟くと、背負っていたリュックから小さなマトリョーシカを取り出し、開ける。
「《開けたところに引力あり。閉じた先には檻と獄。一筋たりとも光明なし。縛り操りまわるが世界。開け、
次の日、彼は富山市某所にある『日本に共和性をもたらす民衆の集い』のフロント企業の事務所に来ていた。受付にいたのは、三年前にロシアから富山に移り住んできたミハイルである。ミハイルに彼は偽装パスポートを見せた。ミハイルは一目見ると
「上層部から話は聞いています。こちらです。」
と地下四階の会議室に案内した。なお、この事務所の入ったビルに地下四階があることは『日本に共和性をもたらす民衆の集い』のメンバーしか知らない。ミハイルにジャケットを預けて会議室に入ると、『日本に共和性をもたらす民衆の集い』の四人の幹部が椅子に座って待っていた。
「よく来てくれました。こちらに座ってください。」
幹部の一人にそう言われ、アリは席につく。四分後依頼の確認が済み、依頼契約書にサインした後、アリは部屋を退出する。退出すると、会議室のドアの前で待っていたミハイルと共に事務所を出た。
「すべて我々の指示の通りに。詳細は後で確認してください。」
ミハイルがそう云うと、
「エエ、モチロン。ソウイウ命令デスカラネ。」
ジャケットをミハイルから受け取り、アリは近くの駅に向けて歩きはじめた。
アリのジャケットの胸ポケットには預けていた間にミハイルが入れたメモリーカードがあった。それにはアリも気づいていた。
アリはその後富山県各地の心霊スポットとされる場所に赴いた。
アリは赴いた場所で、必ずそこにいたものを軽く捻ってから《
アリが出て行った会議室では、アリを見送ったミハイルと幹部が雑談を始めていた。
「ミハイルくんは本当にすごいねぇ。この国において最も不可能に近いものの一つ、天皇と皇太子の暗殺の依頼を引き受けてくれる人を見つけるなんて。」
「何を言っているんだ。そもそも武器の安全な入手ルートを確保できたのも、フロント企業設立の下準備ができたのも、全部ミハイルくんのおかげではないか。」
「そもそも我々のような強硬派がこの団体の主導権を握れたのもミハイルくんが来てから元々の主流派が死んだからじゃないか。まあそれはあまり君とは関係ないか。前も聞いたかもしれないが、なぜ我々にここまでしてくれるのかね?」
幹部が口々に言うと、
「何言っているんですか。皆さんの思想に感服したからに決まっているからじゃないですか。
「あぁ、昔中央アジアでの反政府活動に関わった友達がいるんですよ。その伝手で。」
ミハイルはそう答えた。といっても、その内容の半分は嘘でできていたのだが。
そしてそのような会話が行われていた会議室では、何者かの魔術が密かに発動していた。
ここにいる理由も、利用価値も、全てすでに過去のものになっていたのだ。
この四日後に警察がフロント企業の事務所に突入した時に発覚したことだが、地下四階の会議室から四人の死体が発見された。警察の司法解剖と魔法局の調査の結果、一切の外傷がなく、また魔法の痕跡もその四人にはなかった。判明したことは唯一つ、彼らが毒殺されたということだけであった。
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同日 23:40頃
アブドゥラィエ・アリ 南富山駅横断地下道にて
同年10月11日
アブドゥラィエ・アリ 『日本に共和制をもたらす民衆の集い』と接触
同日
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〜東京〜
一条優雅の交友関係は幅広い。インキャ寄りからド陽キャ、男子から女子、先輩後輩問わず高い人気を誇り、同学年の九割は彼の友人である。どのグループに加わっても笑って会話しているし、二人で話すのも気を使わずに話せると多くの友人は言う。それだけに任務のない日は大抵誰かと遊んでおり、その相手も三回連続で同じだったことはない。
その日、二時間目と三時間目の間の休み時間の間の時間、優雅はクラスメートの一人:食野健二から興味深い話を聞いた。クラス内ではインキャとして知られているが、コンピューター関係にはめっぽう強い。ハッカー集団CCC(カオス・コンピューター・クラブ)の幹部の一人であり、プログラミングの国際大会に去年から連続で出場している(去年は準優勝している)。また彼は心霊オタクであり、心霊にまつわる数多くの情報を自身の技術で収集し、ネット上に投稿していたりする。
「一条氏は今週末北陸に行かれると言っていましたな。」
「そうそう。ちょっと家庭の用事が入っちゃったんだ。観光できそにないのがざ〜んねんだよ〜。」
それを聞いた食野は「そうそう一条氏」とある情報を伝えた。
「小生としては大変興味深い話が入ったのですがね。
南富山駅横断地下道をはじめとする富山県のいくつかの著名な心霊スポットから、ここ1週間の間に
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10月11日 深夜25:00頃
アブドゥラィエ・アリ 頭山トンネルにて
10月12日 深夜24:00頃
アブドゥラィエ・アリ 二上山山上廃墟にて
10月13日 深夜23:30頃
アブドゥラィエ・アリ 黒倉トンネルにて
10月14日 深夜23:00頃
アブドゥラィエ・アリ 真守運動公園にて
10月15日 深夜23:30頃
アブドゥラィエ・アリ 黒谷ダムにて
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