「あのコート気に入ってたのに!本当にあんたって疫病神よね」


「だがあんな赤い上着を着ていては、君は目立ちすぎてしまう。私の元で、身を隠していて息をひそめて生きてくれるのが一番いいのだが・・」


「あんたなんかの世話にならないし、あんたに死ぬまで日陰で面倒みてもらわないと生きていけないなんて、まっぴらよ。一刻もはやくあんたの顔なんかみないで済むように、さっさと手に職つけるのよ!この厄病神!」


「や、やく・・」


プルプルとこのミシェルの言葉に、男は怒りか、興奮か、赤くなるが、当然だ。


「ミシェル、えーっと、このお方はとても、高貴なお方なんだ、この国で、ダンテ様にそんな口を利くのを許されているのは、王様ぐらいで・・」


カロンは心配そうにダンテとミシェルの顔をこわごわと交互に見る。


ミシェルに知ったことか。


同情はするが、この男はれっきとした疫病神だ。

ミシェルを元いた世界から無理やり連れてきて、それも上手くいかずに、今は生と死の宙ぶらりんにいるらしい。

それがどういう事を意味するのか、ミシェルには分からない。


だが、この男の悲痛な顔を見る限り、死者を呼び戻すという生き物として、超えてはいけない部分を超えようとしたツケを、ミシェルが払わされている様子だ。


ダンテの庇護もなく、この世界で自由にしていて、異世界人である事がばれると、ややこしい注目をあびるらしい。

ミシェルがリンボの状態である事がばれると、今度は黒魔術だのなんだのを扱う連中の、なにかややこしい事になるらしい。


ついでに、神にダンテの行った、人の理を超えようとしたという、悪行がばれたら、ダンテは地獄の業火に永遠に焼かれるとか。

ダンテは自業自得として、完全な被害者であるミシェルが、息をひそめて生きないといけないなど、田舎のおばさんの家に帰るのと同じじゃないか。


(だからと言って)


ダンテに安全上の理由から取り上げられた、ミシェルのボーナス全部つぎこんだ赤いコートの代わりに、数段は上等の生地であろう、目立たない真っ黒なコートを用意してくれた。ミシェルは黒いコートの裏地は、それはそれは鮮やかな、赤を要求した。


(かくれてこのアホの下で、ひっそり生きていくなんて、ごめんだわ)


異世界にひっぱってこられて、一月後。

ミシェルは、なんと、もう、そこそこ生活の基盤を、作り上げていたのだ。


非常にむかつくが、ミシェルは、さすがにしばらくは、ダンテの屋敷に部屋をもらって、厄介になっていた。

ミシェルの方を見るたびに、うっとうしい申し訳なさそうな目でみてくるのも、人をあんな目に合わせておきながら、べそべそいまだにベアトリーチェを思って涙しているダンテを見るのも、腫物に触るようにミシェルに接してくるくせに、こちらがダンテに暴言を吐くと、怒りを抑えきれないかの如く、真っ赤になるのも、もうすべてが鬱陶しくて、一刻も早くミシェルはこの館を出たかった。


唯一ミシェルがこの屋敷で心から楽しんだのは、ダンテとカロンの、魔術だ。

カロンは「初級魔術だよ」と照れながら、だが一人で、一瞬で広い屋敷の掃除も洗濯も魔術で終わらせる。

カロンが口で何かぶつぶつとつぶやいたかと思うと、一瞬で屋敷中のチリが吹き飛ぶのを、ミシェルは心から喜んだ。


カロン曰く、ダンテはこんなだが、王国一の魔術師であり、非常に高い身分である事は全くまちがいないらしい。それから、どうやら料理が趣味らしい。


ミシェルが初日に食べてしまった料理は、すべてベアトリーチェの好物だったものを、何日かけて丹精を込めて、ダンテが自分で料理したものだったとか。


あの初日の失礼極まりない対応は、ベアトリーチェのために心を込めて色々用意した食べ物を、異世界人が食べてしまったという多重の衝撃からによるものだ、とまた女々しく言い訳して不貞腐れているダンテが鬱陶しすぎた。


初日はあんな失礼なふるまいだったが、だがダンテは落ち着いているときにきちんと話をすると、非常に頭脳は明晰だし、誠実だし、顔は国宝級に整っているし、やさしいし、金持ちだし、紳士だしというミシェルの理想を詰め込んだような男なのだ。

だがプライドがめちゃくちゃ高く、そのご身分からか、煽り耐性がゼロらしい。

口の悪いミシェルにいちいち激高して、その度に真っ赤になって、そして自分の非を思い出して、ぷいっとその場を去るという子供っぽいさに、ミシェルはあきれかえっていた。


それに、初日があまりにも初日だ。


(本当に、こいつとはさっさと縁を切ろう)


ミシェルはいろんな事を考えたのだ。


こいつは、悔しいがこの世界での庇護者だ。

こいつと縁を切るには、どうしたって金がいる。この世界の常識もいる。


だが、金を稼ぐにしても、客観的に、リンボという状態にいる異世界人なんて、あやしいにも程がある。という事は、ふつうの仕事は無理だ。


こいつに、さっさと一生暮らせるだけの大金を用意させて手を切るのが一番いいのだろうが、それでミシェルがこんな目にあったことが、あいつの人生の中で、なかったことになってたまるか。


ダンテからミシェルの為に与えられた、豪華な部屋で、行儀悪くおやつをがつがつ食べながら、考えたのだ。


・・なら、あやしくても就ける仕事だ。


「ミシェル、占い師なんかどうだろう!」


めちゃくちゃかわいい笑顔をこちらに見せてきて、カロンがおやつのお代わりをもってきてくれながら、そんな事を思いついたのは、ダンテの屋敷で、自堕落な生活をはじめて2週間後。


ミシェルが毎日食っちゃね、食っちゃねの不貞腐れた毎日を送っていた頃合いだ。


「ミシェルが司祭様のふりをしてアドバイスした子を覚えてる?あの娘、ララっていうんだけど、ミシェルのアドバイス通り、今の彼氏とは別れて、結局隣町に嫁ぐことになったんだよ。ララのお父さんが、司祭様に感謝を伝えてくれって、これ!」


カロンが手渡してくれたのは、大工を生業にしているというララの父からの、感謝あふれる手紙だ。

もちろん異世界の言葉など読めないが、カロンがよんでくれた内容によると、何か、大工仕事が必要な場面があれば、是非お礼として、手伝わせてほしいとの事。


「ララのお父さんはさ、女性の司祭なんてこの国にいない事は気が付いてたから、ミシェルが司祭様じゃないことは、知ってるんだよ。でもそんなこと関係なく、感謝してるんだよ。どうだろう、ミシェルが司祭様を名乗ると神殿が大変だけど、占い師だったらいいんじゃない?ミシェルには、この世界と、他の世界の間のものが見えるんだろう?いろいろ!」


そう、見える。こうしているうちにも、カロンの後ろで、すんごいきれいなお姉さまたちが、カロンに控えてるのがみえる。カロンに聞いた事はないが、こいつは間違いなくすさまじく徳の高い家のおぼっちゃんだ。このお姉さまたちは、明らかに、人ではない。人ではないものが、これだけカロンに仕えている。ちょっと怖いじゃないか。


それに。


ミシェルは考えた。


常識を学ぶっていうのは、人とたくさん話をして、それから価値観の違いとやらを学ぶのだ。

この世界の人々の本音の価値観を知るのに、占いというツールは悪くない。

しばらく占いという体で、人々の後ろにある情報を教えてあげながら、お金を稼いで、これからの事を考えたらいいのかもしれない。


(多分、異世界でも元の世界でも、人が悩むのは、おんなじようなことなんじゃないかな)


その日のうちに、ミシェルはカロンにお願いをして、この屋敷の敷地内の端っこにある、離れをきれいにしてもらった。


そしてカロンを通じて、ララの父に内装をちょっとお願いして、一階を占いに使えるように、改築してもらったのだ。


そもそも昔はちゃんと大勢いたらしい、メイドや家政婦の寮だったらしく、実際、一階にちょっと棚だのカーテンだのを入れるだけで、ほとんど手入れは入らなかったのだが、ララの父親の、どうしてもお礼がしたい、という気持ちもあるだろうという、ミシェルの気遣いだ。いい父ちゃんなのだ、この人。


これが異世界生活3週間目。


「生活とか、自立がちゃんとできるようになるまで、ここで稼がせてもらうわ」


ミシェルは、それだけいうと、カロンを連れて、離れに勝手に用意した、自分の仕事場に出て行った。これが異世界生活4週目。








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