異世界占い師・ミシェルのよもやま話
Moonshine
これが噂の異世界転移か
1
「君ね、大体職場にそんな格好でやってきて、遊びに来ているのじゃないんだからね、そもそも・・」
(あー怠い。人にサビ残させといて、ちょっと気分上がるコート着てきたからって、何がそんな悪いか全然わかんね)
ちらっと時計を見ると、もう9時。朝ではない。夜。
チカチカ光ったり消えたりの蛍光灯の下で、未知得は晩御飯も食べず、この嫌味な上司にネチネチやられてるところだ。
大学を卒業して、運良く新卒で入れた航空系の企業の営業が、未知得の職業。
この就職難に、割と華やかな業界の営業。贅沢なんか言えないし、一応はホワイトの括りだろうが、上司がハズレだとホワイト企業でも一気にグレー寄りになる。
未知得は課長の説教を、さも反省しているかの様に頭を垂れて聞いているが、大して聞いているわけではない。
今日の説教だって、そもそもの原因は課長の連絡ミスで、営業先への連絡が遅くなってしまった事に起因するのだ。
課長の機嫌が悪くなると、ネチネチこうやって未知得に絡んでくる。未知得は派手な格好が好きだし、化粧もネイルも大好きなので、すぐこうやって上司やらお局から目をつけられる。
ぼんやり昨日剥がれた薬指のネイルを触りながら、(早くかえりてー)と未知得は心を無にする。
未知得は子供の頃に、両親を災害で亡くして、母の妹の、田舎の親戚のおばの家に引き取られて子供時代を過ごした。
おばの家は、常識的な、地味で堅実な人達の家だった。親を亡くした未知得を、丁寧に、だがいつも腫れ物に触るように接して来て、未知得はいつも息が詰まる思いだった。
いい子に。地味に。田舎で目立たないように。
未知得はヨイ子。ヨイ子だから、ここに置いて頂戴。
目立たないように、誰の負担にもならないように。
おばさん達に迷惑をかけるつもりはないの。
未知得は、子供のころから、派手で目立つことが大好きな子供だった。
テレビに出ているアイドルや、アナウンサーになるのが子供のころの夢だったが、少しでも華やかな世界へのあこがれを口にすると、眉をひそめる田舎の人達の前で、未知得は、口をつぐむことを、覚えた。
明るい色の服が着たい。
大きな声で歌いたい。
自由になりたい。
遠いところに行きたい。
進学を機会に上京してから、おばさんの家への季節の挨拶は欠かさないが、一度も帰省した事はない。
うすぼんやり笑顔をうかべて、うすぼんやりした会話をして、暗い色の服をきて、ヨイ子でいなくても、やっと未知得は、生きていてよくなったのだ。
田舎から上京してから、今までの反動でど派手になった未知得は、田舎では異端分子だ。未知得は、世話になったおばさんたちに肩身の狭い思いをさせる気も、迷惑をかけるつもりは、ない。
そして、また地味な服をきて、うすぼんやりした顔をする気も、サラサラない。
(早く帰って歌番組みよ)
まだ何か言いたげな上司を適当にいなして、未知得は真っ赤なハイヒールを翻す。
ちなみに未知得が今日説教を喰らった原因がこれ。
通勤に何を履いてこようが、いいじゃない。どうせ職場じゃスリッパなんだから。
先週ボーナス叩いてやっと購入した真っ赤なロングコートの前を抑えて、ようやく会社の外に。
地下鉄へと急ぐ。
このド派手なコートにハイヒール合わせたのだ。中身は黒のワンピースだから、仕事中は地味に真面目に見えてるはずだから、いいじゃない。営業にいく日は、ちゃんと黒い靴をはくから、許してよ。
こんこん、といい音を立てながら、地下鉄にいそぐ。
いい靴は靴音からして、小気味がいいものだ。未知得は、上機嫌で駅にむかう。この時間なら歌番組に間に合いそうだ。今日はイケメングループの、新曲発表だと聞いていたのだ。信号が変わるのも待ち遠しい。赤い信号の光を機嫌よく眺めていた、その時だ。
暗い道を颯爽と歩く、未知得の真っ赤なハイヒールに、コンコン、コツン、コロコロと、なにかの小さなタイヤがゆっくりと向かってきて、ゆっくりと当たって、そして倒れた。
(え・・なに)
小さなタイヤのやってきた先に目をやると、横断歩道で、立ち往生している手押し車のおばあさんが、いるではないか。どうやら手押し車のタイヤが外れて、立ち往生している様子。ハイヒールに当たったタイヤの正体は、これらしい。
信号機は黄色に点滅している。
暗い夜道に、小さなお婆さんに襲いかかるかのように、大きなトラックが近づいてくる。死角だ。トラックからは見えない。
そうこうしている内に、おばあさんはその場に座り込んでしまった。
信号は、まだ赤。
「あぶない!」
未知得は、何も考えずに走り出した。
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