第2話
翌日、男はぱちりと目を覚ますと、
「腹減った…」
とつぶやいた。昨日よりずいぶん顔色が良く、裏ごししたさつまいもを与えるとゆっくりと口に含んだ。それまで水と昨日のタンポポコーヒー以外何も受け付けなかったのに、口を動かしながら
「ああ、うまいな」
とつぶやき、小さな皿に入っていた芋を全て食べ切った。
戦時中は多くの患者が出入りしており、男がここに来た時のいきさつを知る者はいなかった。誰かに持ち去られたのか荷物もない。
「名前と所属は?」
療養所の医師エラルドが聞くと、男は時間をかけながらも、はっきりと答えた。
「ニコロだ。…家名は、ない。平民だ。…王都の、傭兵で、ここに来たが、…体調を、崩し、戦いが…終わって、…、ここで…」
体は衰弱しているが、記憶はしっかりしており、ふらつきながらも手足も動く。エラルド医師はニコロの回復に希望を持った。
それ以降、ニコロは順調に回復していった。
三日後には上半身を起こし、スープだけでなく、スープに浸したパンも口にできるようになっていた。一週間もすると療養所の中を歩けるようになり、固形物も口にできた。一体何の病気だったのか、タンポポコーヒーの薬効(?)なのかもわからないが、変化のきっかけになったのは間違いない。その後も毎日一杯タンポポコーヒーを入れると、代替品ではあったが楽しみにしているようで
「また本物が飲める日が来るといいな…」
とつぶやきながら笑顔を見せた。
一か月も経つと、ニコロは療養所で周りの患者の面倒を見る側になっていた。しかしいつまでも療養所暮らしをしているわけにはいかない。
ニコロの故郷は王都に近い村だったが、独り身で家もなく、帰るあてはなかった。王都での傭兵暮らしにいい思い出はなく、ニコロはこのままリデトに住むことに決めた。
「空いてる家があるわ。好きに使っていいわよ。ただし、おんぼろだから覚悟してね」
かつてモニカの祖父の弟が所有していた家を自由に使えることになると、ニコロは長年放置され荒れていた家を直すことから始めた。部屋はいくつかあったが手始めに自分の住む部屋と水回りを整えれば、自分一人が暮らすには充分だった。
体調を見ながら日雇いの仕事を引き受け、初めはなかなか体が追い付かなかったが、時々モニカから食事の差し入れを受け、徐々に力をつけていった。近くの農家で畑仕事を手伝いながら耕作の仕方を教わり、家のすぐそばの荒れた畑を耕して食物を育てると、不格好ながら味のいい野菜が取れた。時に近くの森で狩りをし、手に入れた肉や魚をモニカの所へ持って行くと喜ばれ、料理になって返ってきた。誰かと一緒に取る食事は殊の外うまく、食が進んだ。
元々傭兵の仕事をするくらいにはそこそこ剣が使え、馬にも乗れたニコロは、体力が戻ればできる仕事はぐんと増えた。リデトは交易の町だ。行商人と共に指定された町まで同行し、数日から数週間旅をする。護衛の仕事は引く手あまたで、賃金も悪くなかった。
やがて旅先で買った木の実やジャムなどを手にモニカのもとを訪れるのが旅のしめくくりの定番になっていた。
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