第11話 悪夢

 リダファは、ぼんやりとした頭で、人の気配に気付く。誰かが、頭を撫でている気がする。こんな夜更けに?


 目を開けようと試みるが、疲れているのか一向に瞼が開かない。ゆっくりと頭を撫でられ、頬を撫でられ、なんだか心地が良くなってくる。そして、思う。


「ああ、ララナ。来たんだ」

 別の部屋に案内されたララナが来たのだ。結局、二人とも一緒がいいって思ってたんだな、などとぼんやり考えていると、唇に、柔らかいものが触れた。

「ララナ……、」

 リダファが手を伸ばすと、すり寄るようにララナが抱きついてきた。


 可愛い。

 愛おしい。


 リダファはララナを抱きしめると、何度も何度もキスをした。そしてやがて、息が荒くなる。


「ララナ、好きだよ」

 いつしか気怠さは快楽へと変わってゆく。

 静かに、激しさを増す。


*****


 廊下には出たものの、リダファの部屋がどこなのかまったくわからない。ララナは並んでいるドアにそっと耳を付け、中から何か声が聞こえないかと探る。


 いくつかの扉に耳を寄せるも、なんの音も聞こえない。四つ目のドアに耳を付けると、初めて人の気配を感じた。


「本当ですか!?」

 誰かが驚いた声を上げている。思わず体を震わせるララナ。


「ええ、本当ですとも。あんな間抜けな皇子を次期国王になどさせられません」


 今の声は、使者様ハスラオだ、とララナはわかった。他に二人。しかし話の内容がよくわからない。が、『じきこくおう』という単語は聞き取れた。リダファのことだ。


「すべての手筈は整っている、と?」

「そうです。リダファ様は今や一人息子。彼が死ねば跡を継ぐのは必然的に現国王の弟君の息子、甥であるクナリ様だけです」

「しかしクナリ様はまだ……、」

「ええ。幼子ですよ。しかしきちんとした後ろ盾がつけば、問題ないでしょう?」

「後ろ盾、とは?」

「副宰相のキンダ・リー・フェス様です」

「おお、」

「キンダ様が!」

「偽物の花嫁に気付きもせず、与えられたことをするだけの無能な王など必要ない。今がチャンスなのですよ。お判りいただけますか、皆さん?」


 ハスラオの問いに、その場にいた二人が口を閉ざす。これはいわば、謀反の誘いなのである。リダファを亡きものにし、次期国王の首を挿げ替えようという話だ。そう簡単に頷けるものではない。が、


「お判りいただけますか? この話を聞いてしまったという事は、返答はYESのみなのですよ。もしNOと言うのであれば、あなた方にも消えていただかなくてはいけなくなりますからね」

「なっ」

「ハスラオ様っ?」

「当然でしょう? 私もキンダ様もあなた方のお力沿いを期待して、お願い申し上げているんだ。その期待に応えられないというのであれば、秘密を知るあなた方を生かしておく意味がない」


「……わかった。では協力を。私は死にたくないのでね」

 宰相の一人であるコムラ・オスイルが溜息交じりに言うと、もう一人、執事であるヤガサ・コールも大きく頷いた。

「私も協力します」

「物分かりがよくて結構です。では今夜、予定通りリダファ様には消えていただくことにしましょう」


「しかし、奥方はどうするのです?」

 コムラが訊ねる。

「ああ、偽物の花嫁ですか? そうですね、伴侶を失った可哀想な姫として皆に同情され、悲しみの演出にはもってこいの人材です。しかし、もはやアトリスには必要ありませんから、ほとぼりが冷めたらニースに帰っていただけばいい」

「うむ、」

「して、どのように……その、リダファ様を……、」

「殺すのか、ですね?」

 にやり、とハスラオが笑う。


「今は香を焚いて眠っていただいています。そのまま足に少しばかりの重りでもつけて、海に落ちていただきましょう。もう少し進むと潮の流れが変わり、遺体がうまいことカラツォ国に打ち上がる場所になるのですよ。なに、寝る前に飲んだ酒の酔いを醒まそうと外に出て落ちた、とでも言えばいい」

 ククク、とハスラオが笑う。


(リダファを殺す、海に落とすと、そう、言っている……?)


 ララナにすべてが理解できたわけではない。が、毎日必死に勉強していたおかげで、喋ることはまだまだだが聞き取ることはある程度できるようになっていた。良からぬ話であることはもちろんだが、彼らは結託してリダファを暗殺しようとしているのだと、わかる。


(リダファ様っ)


 ララナはそっとその場を離れる。一刻も早くリダファを探さなくてはいけない。そして、このことを知らせなければ。


 ララナは辺りを警戒しながら上の階へと向かった。侍女を探して、リダファの部屋を聞こう。それが一番早い気がしたのだ。


 上の階にあがると、似たような船室の廊下に出る。リダファの部屋はこの中のどこなのだろうか? さっきと同じように、一つずつ扉に耳を寄せる。


「でさぁ、狙い目かなぁって思ってたのにちゃっかり彼女がいてね」

「え~、残念!」

 若い女性の声がした。

 ララナは少し小さめに扉を叩く。


「え、誰ぇ? はーい」

 中から声がし、扉が開く。

「え、ララナ様っ?」

 顔を出した女中が驚いた顔を向ける。ララナは慌てた様子は出さず、困ったような表情を作るとカタコトで話し掛けた。

「リダファ様、へやに呼んでられた。どこ?」

「え? え?」

 女中が慌てていると、中から別の女中が顔を出し、言った。

「リダファ様の部屋に呼ばれてるってことなんじゃない?」

 その言葉に、ララナがコクコクと頷いて見せる。


「ああ、そうなのですね。でも、残念ながらリダファ様、もうおやすみになってしまいましたよ? また明日にしてはいかがです?」

「そうですよ、こんな夜更けに女性がうろうろするものではございませんわ。さ、戻りましょう」

 中にいた女中が出てきて、ララナの先を歩き出す。


「あ! 私、ひとり戻る、だいじょぶれす!」

 真面目な顔で大きく頷くと、一礼し元来た道を戻った。階段まで来たところで振り向くと、女中が追ってくる気配はない。


(ダメだ。どうしよう……)


 ララナは階段の踊り場で座り込み、溜息をついた。



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